―― 1945年 8月6日 広島、そして8月9日 長崎 ――
1985年の初演時は、ちょうど被爆40年にあたる年でした。
6人の女優が、被爆した親子の手記を読む――
この静かな作品は、舞台構成のシンプルさとあいまって、
初演当初から大きな反響を呼びました。
広島と長崎への原爆投下という出来事が、
海外では“ヒロシマ・ナガサキ”として平和運動の象徴とされている一方、
国内では逆に、被爆体験は単なる歴史上の一事件であると見なし、
不運な過去の記憶として忘れ去ろうという風潮があります。
しかし、戦争による唯一の被爆体験を持つ私たちが、この記憶を礎(いしずえ)としなければ、
あの出来事に一体何の意味があるでしょうか?
あの出来事の中で浮かび上がってくるのは、被爆者の悲惨だけではありません。
母なるものの情愛の深さ、子供たちの未来と平和への願いと祈り――
「生き抜く強さ」に代えてゆくべき凛とした思い、
そういう気持ちで胸が満たされることを願い、私たちはこの公演を続けてまいりました。

初演から2007年まで23年間続いてきたのは、観客の皆様の感動の声ももちろんですが、
自分たちの地域でも『この子たちの夏』を上演して欲しいという
主催者の皆さまの熱い思いと努力があってこそです。
毎年、鑑賞団体や自治体などだけでなく、
普通の生活をしている方々が、真っ白な状態から実行委員会をつくって
私たちを呼んでくださいました。
そういった方たちのたくさんの熱意と行動力に支えられ、
地人会解散の2007年まで、地人会制作・女優たちによる『この子たちの夏』は
全国393市区町村で、767回というステージ数を数えました。
この舞台に触れた方が、何かの折にこの子たちの言葉を思いだしてくださること、
――愛情に満ちた言葉の記憶が、すこやかな未来への扉を開けること、
その先の行動につながるものになりますようにと、願うばかりです。
<2004年、菊池寛賞受賞>