鷹匠 松原英俊
Falconer : Matsubara Hidetoshi

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5.山小屋の生活

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山形県真室川の沓沢朝治氏に弟子入りして
1
年後、わたしは氏のもとを去って、
人里から
5キロ離れた加無山麓の山小屋で、
鷹と二人の生活をはじめました。
沓沢氏は高齢のために山深くに入ることは
困難な状態でしたし、沓沢家との折り合いが
必ずしもよくなかったからです。

その山小屋では8年間生活しました。
もちろん電気も水道もガスもありません。
沢から水をくんできてドラム缶の露天風呂
に入り、ランプの灯りで本を読むという
生活です。
本は秋田県湯沢市の図書館へ、
片道
35キロの山道を自転車で借りに行きました。

狩りの獲物は主にウサギですが、
日にせいぜい
3羽。肉は自家消費をわずかに
上回る程度で、皮は売れても
1100円あまり。
しかも、狩りは雪の季節にしかできません。
それだけではさすがに生きていけませんから、
夏の間に森林伐採や道路工事などで
2030万の
現金を得ました。収入はそれだけです。
あとは山で山菜、キノコをとり、
小屋の前を開墾して野菜をつくりました。
米代と若干の日用品代、
それと鷹の餌代以外はほとんど
お金を使わずにすませました。
鷹には山でつかまえた小動物や、
交通事故で死んだ犬や猫を拾ってきて与える
のですが、それだけでは足りないので、
養鶏場から廃鶏を買ってきました。

真室川加無山麓での8年間の生活のあと、
わたしは月山のふもと朝日村に移り住み
ましたが、そこでもやはり人里から離れた
山中に小屋を借りて、電気も水道もガスもない
自給自足に近い生活を送りました。

この山小屋で、結婚して子供ができるまでの
6年間を過ごし、10年前に家族とともに山を下りて、今の場所で暮らしはじめました。
                        
                        松原英俊