院長挨拶


来住 英俊
 HIDETOSHI  KISHI 
 

主イエスの御復活,おめでとうございます。

「聖なる三日間」の典礼を終えて、月曜日は「黙想の家」の周囲をゆっくり散歩しました。町工場の旋盤工でもある作家が書いた本のタイトルに『春は鉄までも匂った』というのがありましたが、4月の陽光のもとではすべてのものが輝いて見えます。私は普段は、日本の住宅街の町並みにあまり感服しないのですが、この季節だけは本当に美しいと思います。あちこちの家から競うように、さまざまな花が美しく咲き出しています。心豊かに生活しようとしていることが分かる。他の季節には、住人の方々がそういう心持ちで生活していることが分からないのですね。

私は洗礼を受けるとほとんど同時に神学生だったので、聖週間というとずっと典礼の奉仕でした。司祭になってからは、典礼の司式と仕切り人を兼ねることが多くなったので、ますます大変です。静かにキリストの死と復活を黙想することができない。三日間の典礼の説教は作るのが難しくて、どう書いても自分でぴったりしない。憂鬱な時期でした。復活の主日の朝のミサが終わると、ぐったりして、体中に疲れを感じます。早くこれから解放されたい、司式はするとしても、典礼の仕切りは別の人にして、御神輿に乗せてもらいたいものだと思っていました。

しかし、これでとりあえず卒業ということになると、あの労働と疲れが私の年ごとの「過ぎ越し」だったのだなあと思い当たります。憂鬱な時期をくぐり抜ける中で、自分なりに、その度に何かを脱ぎ捨ててきたのだと思います。とは言っても、来年もやりたいというわけではありません。来年は、心も体も静かな聖週間を過ごせることを楽しみにしています。

それに関連して、「復活徹夜祭の典礼は長いほどいい」というのが私の年来の主張です。今月は説教の代わりにその旨の文章をアップします。


2012年4月10日

         
トップページに戻る

 

  


                      トップページに戻る
                       
このページの先頭に戻る