第 150 号(2008年3 月1日) 「愛の手を」
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主 張
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「新しい時代に向けて」
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重症児施設の課題
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理事長 川 野 直 人
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激動の2008年と言われます。
医療にも福祉にも、激動と言われる改革が進められています。
医療崩壊など今まで耳にした事もないような物騒な言葉がマスコミに登場し、後期高齢者にたいする医療制度の改悪が聞かれます。
医療難民、福祉難民という言葉もマスコミで見かけます。長寿は今や日本では寿ではない時代を迎えようとしています。
心寒くなるような時代です。
そのような流れの中で、久山療育園は創立32年目を迎えました。
30周年記念事業として施設の全面改築に取りかかり、今年で3年目になります。
昨年の夏は第一期工事、今年は第二期工事が完成し、従来の古い施設の取り壊し、運動場の整備など完了すれば、面目一新した久山療育園の展望が望めます。
丁度取り組んだ時期から「福祉施設解体の時代」と言う言葉が独り歩きし、その煽りで従来の財団からも国庫補助の支援金も支援費ゼロ状態になりました。
創立以来の全国からのクリスマス献金、バプテストコロニー友の会の40年近く続いている福岡市の中心街天神町での毎月の街頭募金、また北九州市小倉区での街頭募金、また心温かい方々の指定献金や、子らの幸せを願って協力頂いた寄付などつもり積もってきていました。
この寄付金は将来の、新しい第二の福祉施設のために温めておこうと、32年間苦しくても努力してきたことが、今回の改築工事の大きな原動力となった訳です。
いま第一期工事が完了しひかり病棟、管理部門、通園部門、厨房部門、リハビリ部門、事務部門など新しい建物に引越し快適な日常を過ごしています。
引き続き第二期工事が上棟工事を終えて、めぐみ病棟と、保護者と職員福利部門の工事にかかっているところです。
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重症児施設のこれから
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激動の中で従来のグローバリゼイション政策は弱者に皺寄せとなり、更に構造改革、障害者自立支援法発足、高齢型社会により介護保険が発足したのでした。
今まで巷に埋もれて表面化していなかった介護ニーヅは障害者や後期高齢者の介護問題として、よい意味で新たに表面化し、利用者の予想外の増加を来たし、介護保険はピンチを迎えています。
更にに治らない患者や重症児者のリハビリ制限問題も始まりました。
高齢者は年金から介護保険料が天引きされ、逆に高齢者の介護率の引き下げカットは、本人の自立度限界にまで、押し進めらつつあるのが最近の介護と支援の現場の実情です。
重症児施設も全国で法人立119ケ所、国立病院機構の重症児病棟が76ヶ所、数年前から障害者は地域で自立するように、障害者支援法とは、別名就労支援法であるなどと政府高官の声が聞かれたりしました。
障害者は施設を出て地域で自立した生活をし、仕事を探して働いて納税者となって欲しいというのです。
全国で600万人ともいわれる障害者は、みな一律にはいかないのです。
その障害の程度種別はあまりにも多種多様です。それらを一括して障害者と呼称すること自体、障害者現場無視の暴挙と言うべきでしょう。
障害者自立支援法では我々の重症心身障害児者の存在は当初、障害者と言う枠内に一括され、その存在も対応も全く不透明そのものでした。
最近、保護者を中心とした各方面の訴え、陳情で一部の見直しが始まりつつあります。
障害者600万人の中で重症心身障害児者の存在は4万人弱、少数者です。
重症児施設入所の人たちの平均年齢は限りなく40代に近づいています。
しかもこの人たちは何才になっても心身的には幼児のままです。
今まで重症児施設は児童相談所の措置で入所してきました。
どこの病院も福祉施設も受け入れてくれない重度重症の障害児を重症児施設は、「弱い者を一人も漏れなく守る」
と受け入れてきたのでした。児童の年令を超えても児童相談所経由でした。
それを今後は18才までと成人を別にしようという声があります。当然利用者の保護者からは従来の児者一貫制度をと、年齢制限なしの施設処遇を強く訴えられています。成人式を迎えたからといっても、そのほとんどは寝たきり、食事も日常生活も全介助が必要という状態で一対一の介護が重症児施設では必要なのです。
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今後の課題から
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障害者が地域で暮らすとか、グループホームでの共同生活をという在り方が積極的に勧められています。
重症児といえ例外ではありません。重症心身障害児者にとって成人したからといって、自立生活や共同生活をすることは可能なはずはないのです。
もしそれが可能であればその人は重症心身障害児者ではなかったという証明になります。
しかも長く施設に入所している場合、30代40代ともなれば、その両親はすでに60代70代になって親が介護を必要とする世代となるはずです。
その場合、入所者にとっては自宅に帰ろうにも帰る場所がない、行き先がないのです。それは家庭と家族喪失の状態といえるでしょう。
日本の新生児医療の高度な発達により、出生率は下がっても、重症心身障害児の発生はむしろ増加傾向にあります。
しかし政府は今後、治らない重症心身障害児のために、新たな施設は造らない傾向です。
全国で法人立、国立病院機構重症児病棟合わせても194施設という状況では、今後新たな重症児者の受け皿は皆無です。
しかも在宅の重症児者は入所の重症児者の2倍以上多いといわれます。
親が元気な間は家庭で介護できても、親がやがて介護を要する世代になったら、子供をお願いしたいというのが親たちの切なる願いです。
それを考えると10年20年後が心配です。どうなるのでしょうか、重症児通園事業が300施設を目指して目下頑張っていますが、政府の姿勢はこの通園事業に対しても将来対策は不透明のままです。
在宅の重症児医療とリハビリ、また冷たい社会からの一時的逃れ場としての重症児通園に、重症児者を抱えた親同志の励ましあいの場でもあります。
更には今後の課題は親亡き後の対策として在宅重症児者対策は、切実な問題として新たに表面化してくるのではないかと思われます。
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