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主治医のコメント:
今回の発表はよくまとまっており素晴らしいものでした。体験発表が良くできすぎていて、本当にそのようにこれからできるかどうかがむしろ問われると思います。要は、入院生活を総括して今後に生かしていければと思っています。
今回は対人恐怖とのことですが、我が国では比較的多い神経症の一つです。軽症としては「人見知り」があります。それから「赤面恐怖」というのがありますね。顔が赤くなって困るというものです。さらに「視線恐怖」。これらが代表的なものですが、「人見知り」→「赤面恐怖」→「視線恐怖」の順に重症度を増すと言えましょう。
対人恐怖にはいろいろあって、例えば「どもり」があります。またこの会のように人前で食事するのが嫌だなと思うのは「会食恐怖」。「視線恐怖」は2つに分けることができます。「他者視線恐怖」は他の人からどう見られているかが怖いという場合。「自己視線恐怖」は自分の目つきが相手に迷惑をかけているのではないかという場合です。視線恐怖を相手の位置で分類すれば、正面から見られると嫌な場合、後ろから見られると嫌な場合、横からチラチラ見られると嫌な場合、そういうふうに症状は千差万別です。また相手の視線が怖いからと目を逸らす人もいれば、だからこそ逆にまじまじと相手を見てしまう人もあります。その他の症状としては、「醜貌恐怖」、「自己臭恐怖」などもあります。あなたの場合は対人場面での緊張感が主ですから対人恐怖の典型例といえます。
ところで森田正馬先生は対人恐怖について「自ら人前を気にすることを恐怖する」と述べていますが、症状の本質を鋭くついていると思います。北海道大学の山下名誉教授は、日本の対人恐怖は軽症例と定型例があると言っています。軽症例の代表的なものは人見知りです。軽症例は一般人にもみられるもので、健常か病気かは程度の差です。定型例の代表的なものは自己視線恐怖です。定型例では、「相手に迷惑をかけている、症状は絶対存在する」という確信があり、一種妄想とも取れますが、統合失調症でいう妄想と違うのは妄想内容が限局的で発展しないということです。あなたの場合は軽症例に属するけれども一部定型例的な部分も少々あるというところでしょうか。日本人では軽症例、定型例のどちらも多くあると言われています。
対人恐怖のもう一つの側面は文化社会的側面です。日本の文化は「恥」の文化であるとベネディクト女史は著書「菊と刀」の中で述べていますが、対人恐怖は恥の概念と密接な関係があります。恥の概念は日本人の民族性から来ていると考えられています。一つは日本人は単一民族であり、海を隔てて自己完結の文化を持っているということです。全員が共通文化を持つことから、他人と違ったことをしてはいけないと思ううち、対人恐怖の病態が出てくるのです。もう一つは和の精神で、聖徳太子が十七条憲法の冒頭で「和をもって尊し」としていることにも表れています。他人に合わせなければいけないと心配が増え、対人恐怖の病態が出てくるのです。以前、対人恐怖は欧米では出にくいとされてきました。特にアメリカは他民族国家であり、以心伝心は通用せず、共通の言語といえるものは法律であり、他人に合わせるよりは自分の権利を主張するところがあります。他方、日本では出る杭は打たれるというような言葉があるように、横並び指向が強く、他人と違ってはいけないという恐怖感から対人恐怖が成り立ちます。日本人には対人恐怖が非常に多く、日本やアジアに固有のもので欧米には関係ないという風潮がありました。アジアの中でも韓国に多く、儒教文化の影響かという意見もあります。
しかし、1990年頃から研究が進むと日本人や韓国人だけでなくて全世界的にあり得るとわかってきました。欧米では最初は社会恐怖と呼ばれていましたが、現在では社会不安障害(Social anxiety disorder=SAD)と言われます。今まで不安神経症だったものが最近ではパニック障害と言われるように、そのうち対人恐怖も社会不安障害と呼ばれるようになるでしょう。
社会不安障害の診断基準として現在はWHOのICD−10と米国精神医学会のDSM−Wがありますが、よりDSM−Wの方がこの障害に関しては分かりやすいかと思います。簡単に言うと、山下先生のいう軽症例と社会不安障害が一致するのではないかということです。従来欧米では稀と言われていましたが、最近の調査では5〜10%位いるのではないかということになり、それ以来研究が進んできている状況です。社会不安障害の治療としては薬物療法が日進月歩で、うつ病や強迫性障害に広く使われるSSRIが最近脚光を浴びています。他方、精神療法も治療の重要な柱です。とりわけ認知行動療法が特にヨーロッパで盛んです。森田療法はこの認知行動療法に似ていると言われています。対人恐怖を取り巻く状況も社会不安障害という名称を通じて広く世間に知れ渡るようになりました。自分は人に迷惑をかけている、不快感を与えていると思う人が若干欧米よりも多いと思われます。
さてあなたの体験発表はよくまとまっており、よく自分自身を振り返っていると思います。この発表は入院から退院までのいろいろな段階で森田療法の効果を明らかにしていると思います。それは一言で言うと行動化ということになります。第1段階は入院時です。今まで自宅に引きこもっていたものが、農作業なんかどれほどのものかと思いながらもともかく入院するという行動化を示しました。第2段階は絶対臥褥です。不安感が強くなり呼吸困難感も出現しましたが、過去をふりかえり元気だった頃を思うようにピンチをチャンスに変える大きなプロセスを踏んだわけです。第3段階は軽作業期です。症状は残存していたものの、前向きに作業に出席し、絶対に治そうという意欲が得られました。その姿勢は入院前にはなかったものです。自然に身体が動くようになっていき、生の欲望が発揮されて、活動的な生活が生みだされました。第4段階は重作業期です。重作業期になって程なく、症状のため他人への警戒心が生まれ、作業に参加するもののイライラすることが多くなり、部屋に帰るとカーテンを引いて引きこもってしまうことが多くなりました。しかし、行動化はありました。1ヶ月ほどたつうちに少しずつ他患に慣れていき、その中でぽつぽつと身の上話をするくらいの仲の良い人ができました。この森田療法グループで少しずついろいろな情報も得て刺激を受けていくことになります。そのまま自宅に居たらこういう経験は出来なかったでしょう。第5段階は入院の後半にさしかかった時です。森田グループのリーダーに就いたことが行動化の契機となりました。このリーダーというのは指導員の指導に基づき現場で皆に作業の振り分けなどの指示を行います。当院では入院1ヶ月以上の者が1週間交代で務めています。リーダーになるまでは指導員や先輩患者に言われたことをひたすらやっていくだけでしたが、リーダーになると否が応でも好きでも嫌いでも誰彼と話をしなくてはいけません。対人恐怖の人はリーダーになることで人間関係を広げるチャンスを得るわけです。第6段階は入院3ヶ月目以降の時期です。病院内では一人前の生活ができるようになり、次第に外に気が向いていくようになり、自分の夢を持つようになりました。具体的なビジョンとしてとりあえずアルバイトを考え始めましたね。教科書的にいうと第4期ということとなるでしょう。2回ほど外泊してアルバイト就職を決めてきました。社会復帰の準備という行動化を示したわけです。
このように、入院森田療法では入院生活を過ごして作業をこなすうち、自然な流れの中で意識の外向化が図られ、いくつもの段階を経て、階段を昇っていくように対人恐怖が少しずつ克服されていくわけです。症状はあっても、行動化を通じていつのまにか社会復帰できていくのです。
問題は退院した後です。この行動化をさらに広げ、続けていくことが必要です。これからが本番ということになります。こうやって作文に書くと立派でお手本のようですが、継続していくのはまた大変なことです。ときどき壁にぶつかったときにこの文章をもう一度読み返すと良いと思います。原点に立ち返り自分を見つめ直して頑張ってみようかと思う拠り所として、是非この作文は捨てないでおいてください。今後の健闘に期待しています。
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