最初にうつっぽい症状が出始めたのは3年前の事でしたが、具体的に身体に異常が出るまで、病気に甘えないつもりで生活をしておりました。しかし1年前に身体的な症状が出始めてしまいました。まず夜、不安で眠れなくなり、仕事を開始すると同時に頭が真っ白になり、心悸亢進等がおき、何も考えられなくなる状態が発生しました。その状態でしばらく出勤しましたが、終に職場に出られない状態となりました。
産業医に相談し、地元の心療内科に行ったところ、「パニック障害」と「うつ病」との診断で、3ヶ月の休職を言い渡されました。当時の仕事が自分に合ってない為に発病したと思い、復職後しばらくして配属を変更してもらいました。しかし配属変更後間もなく、ありとあらゆる事が不安に成り始めました。生活の事、将来の事、職場の事など様々なことが自分の手に余りどうしようもなくなってきた感じがしました。無理やり出勤しておりましたが、ひとりで出かける事も出来なくなり、運転や電車に乗る事さえ出来なくなっていきました。休日は友人の誘い以外に外出する事もままならず、また一人でいる時はどうにもこうにも不安に対処できなくなり、真っ黒い雲の中に漂っているかのような暗澹たる気持ちになりました。毎週末2,3回は飛び降りて死んでしまいたいと思いながら生活と仕事を続けておりましたが、結局、仕事する時も不安で手が止まり行動が思うようにできなくなり始めました。
連休に電車で帰省した時は、半分上司に付き添ってもらいながらようやく帰省できました。実家に帰ると、父親が私の足取りや話し方など異変に気付き、すぐさま産業医との相談に入り、産業医に森田療法を薦められました。私自身は数年前に読んだ「心が強くなる薬」などで森田療法の存在は知っておりました。その後、「森田療法のすすめ」を読み、自発的な治療であることを知り、受け身な治療法でない事がわかりかなり不安でしたが、このまま逃げてばかりではいけないと思い、本病院への入院を決意致しました。
入院後は「不安神経症」という診断も追加されました。最初の2週間はうつ病の様子見のため、臥褥には入りませんでした。しかし入院してすぐにあった茶話会の準備などに参加しながら森田の皆さんと自然に打ち解けさせていただけました。臥褥に入ったら人生や今後の事で思いっきり苦しもうと覚悟をしていました。
さて臥褥に入り、臥褥も半分に差しかかる頃、さぁ、いよいよ苦しもうと思った矢先、内山先生より「3週間後の次の茶話会の調理担当をしてもらうから、2週間以内にレシピ作成よろしく」と言われました。そもそも調理担当は一番やりたくない係だったので「臥褥中にいきなり恐怖突入ですか?」と思いました。自分の人生と茶話会のレシピが頭の中をめぐり、こんな臥褥でいいのか?っという思いでした。臥褥明けの軽作業期、重作業期の合間は頭の中は茶話会のことで一杯でした。結果、看護師さんや指導員さんほか皆さんの助けもあり、次の茶話会を終える事が出来ました。しかし、これが自信に繋がったかというとまだそうでもありませんでした。
臥褥明けは、森田関連の書籍を3冊ほど一気読みし、また内山先生の問診などで、純な心、不安常住、目的本位、行動本位などの思想を頭で理解していきました。そして間もなく、自分の症状は責任からの逃避、行動からの逃避から発生したんじゃないかと思うようになっていきました。
また、重作業期の畑作業は指導員さんや先輩ほかに助けられ、体力的にはきつかったですが、精神的には楽しかったです。クズ取りのとき、のこぎりを使っていて木を切る作業の際、なんとか自分の力で切り落とそうとしましたが、途中で疲れて出来なくなり、先輩に交代してもらった時、意外と自分が素直に交代を依頼できました。このとき仕事は自分一人だけでやるものではないという事が分かり嬉しかったです。
サブリーダー、リーダーはそれらになる前から仕事を見学させてもらいました。サブリーダーはそれほどではありませんでしたが、リーダーになるとなんでも一人で決めていかなくてはならないと思い、完璧に出来ない自分が悲しくなり何度も逃げ出したくなりました。また、自分がリーダーの時、野沢菜への追肥指示により肥料やけが生じ野沢菜がほぼ全滅した時はショックでした。この時期から不思議な事に、自分の過去の過ちや自分の未熟さ、自分がいかに逃げてきたかを悩み、そしてすべてを背負い込もうともがいて、その葛藤、思想の矛盾に苦しみ、涙が出る回数がどんどん増えていきました。その度に、指導員さんや師長をはじめとした看護師さん、先輩に励まされ、なんとか役目を果たせることが出来たかのように思います。また、だんだんと、人に作業指示を出す時、自分で作業する時も、どうにでもなるさとぶっちゃけた気持ちになっていきとにかく行動する様になりました。Dルームでははじめ人の目を気にして、一人で事を起こすのが怖かったですが、金魚の病気の際、毎週水替えするようになり、人の目、周りの目を気にしなくなってきたように思います。
自分としてはここは病院だからできる事は何でも手を出そうと努力したつもりです。しかし、実際の社会で生活することが目的なので、退院1ヶ月半前から「生活の発見」を読み始め、実社会を意識した読書を始めました。神経質はびくびくしながら行動するしかない事を知り、実践したつもりです。また、自分の能力を超えた時は自分ですべてを背負わず、最低限の事を確実にできるよう努力したつもりです。「成功は自信を、失敗は経験を」。病院の職員さんたちの仕事振りを見て「なんだ失敗してもいいんじゃないか。まずは行動して前進する事なんだ」とだんだん思えるようになってきました。月並みな決意表明になってしまいましたが、思えば入院前は気分本位な行動が多かったように思います。でもいくら準備しても、いくら読書してもしても、社会に出て行くにはまだまだ不安でたまりません。無理をせずぽちぽちと頑張って青い空を探して行きたいと思います。
最後に、悩んでいる時、不安な時、泣いている時、喫煙室やDルームで励ましてくださった病院スタッフの皆さんや森田の皆さん、本当にありがとうございました。
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