体験発表


第46回体験発表

31歳 男性  会社員    不安神経症、うつ病



 最初にうつっぽい症状が出始めたのは3年前の事でしたが、具体的に身体に異常が出るまで、病気に甘えないつもりで生活をしておりました。しかし1年前に身体的な症状が出始めてしまいました。まず夜、不安で眠れなくなり、仕事を開始すると同時に頭が真っ白になり、心悸亢進等がおき、何も考えられなくなる状態が発生しました。その状態でしばらく出勤しましたが、終に職場に出られない状態となりました。

 産業医に相談し、地元の心療内科に行ったところ、「パニック障害」と「うつ病」との診断で、
3ヶ月の休職を言い渡されました。当時の仕事が自分に合ってない為に発病したと思い、復職後しばらくして配属を変更してもらいました。しかし配属変更後間もなく、ありとあらゆる事が不安に成り始めました。生活の事、将来の事、職場の事など様々なことが自分の手に余りどうしようもなくなってきた感じがしました。無理やり出勤しておりましたが、ひとりで出かける事も出来なくなり、運転や電車に乗る事さえ出来なくなっていきました。休日は友人の誘い以外に外出する事もままならず、また一人でいる時はどうにもこうにも不安に対処できなくなり、真っ黒い雲の中に漂っているかのような暗澹たる気持ちになりました。毎週末23回は飛び降りて死んでしまいたいと思いながら生活と仕事を続けておりましたが、結局、仕事する時も不安で手が止まり行動が思うようにできなくなり始めました。

連休に電車で帰省した時は、半分上司に付き添ってもらいながらようやく帰省できました。実家に帰ると、父親が私の足取りや話し方など異変に気付き、すぐさま産業医との相談に入り、産業医に森田療法を薦められました。私自身は数年前に読んだ「心が強くなる薬」などで森田療法の存在は知っておりました。その後、「森田療法のすすめ」を読み、自発的な治療であることを知り、受け身な治療法でない事がわかりかなり不安でしたが、このまま逃げてばかりではいけないと思い、本病院への入院を決意致しました。

入院後は「不安神経症」という診断も追加されました。最初の2週間はうつ病の様子見のため、臥褥には入りませんでした。しかし入院してすぐにあった茶話会の準備などに参加しながら森田の皆さんと自然に打ち解けさせていただけました。臥褥に入ったら人生や今後の事で思いっきり苦しもうと覚悟をしていました。

さて臥褥に入り、臥褥も半分に差しかかる頃、さぁ、いよいよ苦しもうと思った矢先、内山先生より「3週間後の次の茶話会の調理担当をしてもらうから、2週間以内にレシピ作成よろしく」と言われました。そもそも調理担当は一番やりたくない係だったので「臥褥中にいきなり恐怖突入ですか?」と思いました。自分の人生と茶話会のレシピが頭の中をめぐり、こんな臥褥でいいのか?っという思いでした。臥褥明けの軽作業期、重作業期の合間は頭の中は茶話会のことで一杯でした。結果、看護師さんや指導員さんほか皆さんの助けもあり、次の茶話会を終える事が出来ました。しかし、これが自信に繋がったかというとまだそうでもありませんでした。

臥褥明けは、森田関連の書籍を3冊ほど一気読みし、また内山先生の問診などで、純な心、不安常住、目的本位、行動本位などの思想を頭で理解していきました。そして間もなく、自分の症状は責任からの逃避、行動からの逃避から発生したんじゃないかと思うようになっていきました。

また、重作業期の畑作業は指導員さんや先輩ほかに助けられ、体力的にはきつかったですが、精神的には楽しかったです。クズ取りのとき、のこぎりを使っていて木を切る作業の際、なんとか自分の力で切り落とそうとしましたが、途中で疲れて出来なくなり、先輩に交代してもらった時、意外と自分が素直に交代を依頼できました。このとき仕事は自分一人だけでやるものではないという事が分かり嬉しかったです。

サブリーダー、リーダーはそれらになる前から仕事を見学させてもらいました。サブリーダーはそれほどではありませんでしたが、リーダーになるとなんでも一人で決めていかなくてはならないと思い、完璧に出来ない自分が悲しくなり何度も逃げ出したくなりました。また、自分がリーダーの時、野沢菜への追肥指示により肥料やけが生じ野沢菜がほぼ全滅した時はショックでした。この時期から不思議な事に、自分の過去の過ちや自分の未熟さ、自分がいかに逃げてきたかを悩み、そしてすべてを背負い込もうともがいて、その葛藤、思想の矛盾に苦しみ、涙が出る回数がどんどん増えていきました。その度に、指導員さんや師長をはじめとした看護師さん、先輩に励まされ、なんとか役目を果たせることが出来たかのように思います。また、だんだんと、人に作業指示を出す時、自分で作業する時も、どうにでもなるさとぶっちゃけた気持ちになっていきとにかく行動する様になりました。Dルームでははじめ人の目を気にして、一人で事を起こすのが怖かったですが、金魚の病気の際、毎週水替えするようになり、人の目、周りの目を気にしなくなってきたように思います。

自分としてはここは病院だからできる事は何でも手を出そうと努力したつもりです。しかし、実際の社会で生活することが目的なので、退院1ヶ月半前から「生活の発見」を読み始め、実社会を意識した読書を始めました。神経質はびくびくしながら行動するしかない事を知り、実践したつもりです。また、自分の能力を超えた時は自分ですべてを背負わず、最低限の事を確実にできるよう努力したつもりです。「成功は自信を、失敗は経験を」。病院の職員さんたちの仕事振りを見て「なんだ失敗してもいいんじゃないか。まずは行動して前進する事なんだ」とだんだん思えるようになってきました。月並みな決意表明になってしまいましたが、思えば入院前は気分本位な行動が多かったように思います。でもいくら準備しても、いくら読書してもしても、社会に出て行くにはまだまだ不安でたまりません。無理をせずぽちぽちと頑張って青い空を探して行きたいと思います。

最後に、悩んでいる時、不安な時、泣いている時、喫煙室やDルームで励ましてくださった病院スタッフの皆さんや森田の皆さん、本当にありがとうございました。

主治医のコメント:

今回の発表は、綺麗事を並べるだけの発表もある中で、真情を吐露した発表で非常に心を打たれました。自分自身が体験したことを赤裸々に述べ、最後まで不安でたまらないと訴える様子は真実に満ちています。症状にとまどいながらも立ち向かい、完璧にしていこうと一生懸命作業をこなしていくあなたの姿勢は、他の人の模範となると思います。

さてあなたは当院に来る前からうつ病と診断されていたわけですが、実際はうつ病とパニック障害等の不安障害との合併と思います。うつ病と言うと「やる気がなくなる」、「ゆううつになる」、「死にたくなる」といった症状ですね。他方、パニック障害は「頭が真白になり、動悸がして息苦しくなる」といった症状です。実はうつ病とパニック障害は、共通の治療薬があることからもわかるように、まったく別の疾患ではなく、合併することも多いのです。同一グループの疾患の中で、あるグループをうつ病、別のあるグループをパニック障害と呼んでいるに過ぎません。また、パニック障害は神経症としての特徴を持っており、特に性格は神経質性格という共通のものを持っています。パニック障害は森田正馬の言うところの「発作性神経症」に酷似しています。さらにあなたは全般性不安障害をも合わせもっています。全般性不安障害とは種々の環境的要因に対する不安や心配が6ヶ月以上続くというものです。「パニック障害」と「全般性不安障害」を合わせて従来は「不安神経症」と呼んでいました。従ってあなたは、基本的にはうつ病と言えますが、入院の時期にはうつ病の方は回復期でしたから、入院時の状態としてはむしろ「不安神経症」という方がよくあてはまっていると思います。

不安というものはそもそも何らかの対象があるわけでなく、特定の対象を持たない恐れであり、他方、恐怖は対象が特定されている恐れと言えます。不安は誰にでもいつでもおこりうるものです。シマウマがライオンに遭遇したら、ピンと耳をそば立て、走り逃げる用意をします。危険な状況に際しては、fight or flight(戦うか逃げるか)などという言い方がありますが、緊張状態となります。つまり危急の際は、交感神経が優位に働き、心拍数が増大し、瞳孔が拡大し、血管が収縮し、身体は戦うなり逃げるなりの準備をします。従って、不安・緊張は生きていく上でむしろ必要なことなのです。もしシマウマがライオンに遭遇しても不安・緊張状態にならないのなら簡単に食べられてしまいます。つまり不安があるということはむしろ当然で、一定限度の不安はむしろ必要と言えます。正常な不安とは、原因が了解可能であり、「危険なものが去ったら安心する」というふうに程度が一定限度内であるものを言います。これに対して病的な不安とは、原因なしにあるいは些細な原因で不安が起き、程度が一定限度を超えたりいつまでも持続したりするものです。たとえばパニック発作をおこした人は心臓がバクバクして死の恐怖を抱き救急車を呼んだりしますが、心電図等検査しても異常がなくそのうち自然におさまります。つまり病的不安とはそんなに不安にならなくてもいいのにとはたから見えるのに、異常に不安になってしまうものです。その異常とは最近薬理学的に少しずつ解明されてきています。セロトニン、GABA(γアミノ酪酸)といった脳内神経伝達物質の異常です。最近処方されることの多いSSRIはセロトニンの調節をつかさどり、いわゆる安定剤(抗不安薬)はGABAの調節をつかさどります。

不安に対する対処法は薬物療法だけではありません。森田療法では不安に対しては「不安常住」あるいは「不安心即安心」という心構えで対処するのがよいとされています。すなわち不安はいつでも誰にでもあるもの。不安を避けようとするとますます不安が増大します。森田先生は「苦しいと感じないようにするところに葛藤がおこる」、「煩悶・苦悩を忍受しきったとき、これらは消滅する」などと述べています。嵐が通り過ぎるまで待つなどという言い方もありますが、森田先生はさらに一歩進め、我慢するだけでなくやるべきことをやるようにと述べています。@不安を忍受する、A正しい行動をする、この2つを同時にしていくうちに不安がだんだん楽になっていくのです。

あなたの場合も「不安常住」の心構えが必要です。これからもずっと不安は続くと思います。あなたには不安はいやだなという気持ちがまだあると思いますが、不安でもかまわないと思う気持ちが必要です。不安があっても目の前のことを一つ一つ片づけていく、この積み重ねが重要なのです。入院中、作業はよくやっていましたが、他方職場復帰したときのことをあれこれ考えてしまいましたね。これは意味ありません。考えても考えてもむしろ不安が増すだけで解決にならないからです。入院中は作業のことに専念し、職場復帰したらそのときはじめて職場の仕事のことを考えればよいのです。しかし不安はあっても不安に慣れれば社会生活は可能です。根気よくやるべきことをこなしていくうちに、不安でもある程度やっていけるのだという一種の自信ができていくと思います。不安をなくすのでなく、不安に慣れるという方向にいってほしい。本当の意味で不安がなくなるのはおそらく会社を定年退職した後ではないでしょうか。

あなたは入院中の様子を観察すると、人一倍細心の注意を払って作業してきました。取り越し苦労と思われるくらい次の日の作業を心配し、できない人やおおざっぱな人の分までカバーしてこつこつと作業してきました。実績は十分上げています。「不安常住」の心構えを貫けば、その神経質が生かされ、社会で職場で本来の実力が発揮されていくものと思います。

今後の活躍を期待しています。