主治医のコメント:
文章も素晴らしかったですが、何より、長く入院している中でよくここまで向上してきたというのが素晴らしいです。たとえて言えばさなぎが蝶になるような感じですね。特に森田療法によってそれを行うまでの状態と比較して飛躍的に良くなったと思います。
ところで統合失調症の症状には、一方では「幻覚」、「妄想」、「興奮」といったいわゆる陽性症状があり、他方「無為」、「自閉」といったいわゆる陰性症状があります。この「無為」はうつ病でいう「無気力」とは違います。「無気力」はつらいという気持ちがありますが、「無為」では無関心でぼんやりした状態です。統合失調症に対する治療は薬物療法が中心となります。陽性症状に対しては優秀な薬も数多くありますが、ところが陰性症状に対して劇的な効果のある薬はほとんどないのが現状です。この陰性症状に対しては薬物療法以外のものとして作業療法(OT)というものがあります。現在三島森田病院でも森田療法実施者以外の患者さんが参加しており、効果をあげています。森田療法はこのOTと同様ですがより、高いレベルで陰性症状に有効ではないかと思われます。
森田療法は神経症に対する治療法として開発されたわけですが、1940年代から少しずつ統合失調症に対して行なわれた実績があります。鈴木知準診療所では約20年位の間に50人の統合失調症に対して森田療法を実施した実績があるとのことです。このように統合失調症に対する森田療法は時々行われているわけですが、従来統合失調症に適応するチャンスは少なかったというのが実情と思われます。
というのも統合失調症の人に対して森田療法を施行するにはいくつか条件が必要と思われます。第一に、当院のように、神経症圏の人達の中で統合失調症の人に対して森田療法を実施するということです。一般の精神科病院で統合失調症の人に対して森田療法を行うのは難しいと思います。つまり、森田療法病棟では可能ですが統合失調症ばかりの一般精神病棟で行うのは難しいということです。このことは、私が医師になってすぐに勤めた浜松医科大学附属病院で経験しました。浜松医科大学附属病院は閉鎖病棟と開放病棟があり、その開放病棟には統合失調症も神経症もうつ病も混在していました。つまり同じ部屋の中で森田療法をやる人とやらない人がいるという状況です。畑作業は、森田療法では必ず参加、非森田療法では自由参加でした。そのような状況下、神経症の人が森田療法として畑に出かけていくと、統合失調症やうつ病の人は本来病棟に残っていていいはずなのに、つられて外へ出てしまうことが多く見られたのです。統合失調症の人が、閉鎖病棟に居たときは寝ているだけだったのに、開放病棟に移った途端に外へ出て行くという光景が自然に観察されました。つまり周囲が統合失調症ばかりの中では寝たきりであった人が、神経症の中に入るとつられて外へ出て行くということです。このことは重要なことです。
第二に、自主性の少ない統合失調症の人に対しては、作業療法上一工夫必要ということです。そこで、教科書的に統合失調症の人と神経症の人の違いを述べてみます。次の表をごらんください。
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神経症
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統合失調症
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自我(自分らしくする)
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頑固、ダメなものはダメ
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脆弱、言いなり、自分がない
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ストレスに対して
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わが道を行く
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崩れる
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現実
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回避(自分の意思で避ける)
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逃避(自分の殻に閉じこもる)
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注意
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自己に向かう(内向的)
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散漫
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自主性
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強く有る
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ない
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看護のかかわりの必要性
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普通
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強く必要
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作業の種類
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枠にはめて強制的
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好きなものをのびのびと
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森田療法における作業療法では、自分でやってもらうように仕向けていくことが重要で、単に作業の技術を向上させるだけが重要なのではありません。従って、自主性の強くある神経症の人では神経症集団の中に置かれれば自然に作業が進みますが、統合失調症の人では看護のかかわりが必要とされています。また、通常の、つまり神経症における森田療法では、作業の種類はえり好みせず与えられたものをこなすのが肝要ですが、統合失調症では好きなものをのびのびやってもらうのがよいとされています。
さて、あなたの場合はどうだったでしょうか?
当院の森田療法で一番大きいのは先輩の力です。スタッフの人員に限りのある当院では指導員がひとりひとりの患者に手取り足取りで毎回教えるわけにはいきません。いろいろな仕事の内容を先輩から教えられるのは大きいことです。先輩とか同僚ならば気兼ねなく訊けるということもありますし、見よう見まねでやっていけることもあります。同じ症状を抱える先輩があれだけできるのなら自分もできるに違いないという勇気を与えてくれます。あなたの場合、神経症の良い先輩に恵まれました。森田療法を始めたばかりの頃、面倒見のいい一人の先輩からよく教わるチャンスがありました。その先輩が退院間近になり外泊に出かけると、今度は否応なく自力で作業せざるを得なくなる環境となりました。そして、役割を自分で見つけてさらに実力を伸ばすことができたのです。
また、あなたについて言えることは期間的に長くかけたということが重要だと思います。蝶において幼虫やさなぎの時代が必要であるのと同じように、あなたにとってこの時間が必要でした。閉鎖病棟→準開放病棟→開放病棟(畑作業なし)→開放病棟(森田療法)というように少しずつ外堀を埋めるように段階を経て前進してきました。一般の神経症と比較して数倍の時間をかけて、ようやく神経症と同じ作業がえり好みせずできるようになっていったのです。一旦森田療法を行った後、クリーニング屋へ2ヶ月の期間限定で外勤(ナイトホスピタル)として就労し、これを経て森田グループのリーダーとなりました。種々の体験が技術的進歩のみならず積極性を生み出しました。
さらに、リーダーになってからさらに飛躍的に進歩したと思います。「役が人を作る」と言われますが、それまで言われたことだけやっていたものが、リーダーとなって自ら作業全体を見渡す必要に迫られました。気がきかないところもあったにせよ、自ら率先して作業しようという積極的な姿勢が出てきました。皆のために役立ちたいという責任感が芽生えてきて、今まで少しずつつちかってきた技術の全てを生かして、自分にできるところは後輩に指導していくようになりました。
こうしたわけであなたは、当院におけるここ数年の統合失調症の人の中では最も症状改善したと言えると思います。これから社会に出てもここでの経験をぜひ生かして頑張ってください。
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