体験発表


第48回体験発表

体験発表A 17歳 男性
高校生 対人恐怖(視線恐怖)

体験発表B 21歳 男性
大学生 対人恐怖(視線恐怖)

体験発表:

 私が症状にとらわれるようになったのは、小学校高学年の頃からでした。同級生が服装や髪型などに気を配るようになるにつれ、自分の外見にコンプレックスを抱くようになり、周りからの視線を過敏に気にしてしまうようになりました。症状はそれだけに留まらず、人と目を合わせて会話する、電話をかける、一人で外出する・・・・挙げだしたらきりがありませんが、健康人から見れば何でもないような物事に対して恐怖を覚えるようになりました。このような症状を抱えての学校生活は私にとってあまりに辛い毎日でした。

 症状は高校に進学してから更にひどくなりました。登校から下校まで気の休まる時間は無いと言ってもいいほどで、自転車での登校中も、対向車や同じ学校の生徒の視線が気になり、教室までの廊下も目を伏せながらでなければ歩けないような有様でした。やっとの思いで教室に着いても、クラスメイトの中に入っていくことができず、耐え難い孤独感と闘う日々でした。

 授業中発表しなければならなくなったとき、間違えたら皆から笑われる、頭が悪いと思われる、だから間違えられない。そんな考えで頭の中がいっぱいになってしまって、段々授業に出るのが億劫になっていきました。いざ分からない問題を発表するとなると頭が真っ白になって、焦って自分でもわけのわからない事を言ってしまい、その失敗が頭から離れず授業どころではなくなりました。次に発表するときも、前のような失敗をしてしまわないだろうかという強迫観念に苦しみました。

 教室で、「〜が気持ち悪い」「〜はウザい」などと陰口を言いながらケラケラと笑っているクラスメイトの会話を聞くたび、自分も陰で何か言われているのだろうという被害妄想に襲われました。

 そのうち学校を休みがちになり、家で半ひきこもりのような生活を送るようになりました。当然親からは学校へ行けと言われましたが、俺の気持ちなんか理解できないだろう!こんな人間に育てた親が悪い!などと罵倒したり、もうどうにでもなれ、これからの人生ずっとこんなに苦しい思いをするならば死んだほうがマシだ、などと自暴自棄になった時期もあります。人生に何ひとつ希望が見出せなかったからです。ですが、森田療法を知って、また生きる希望が見えてきたように思いました。

 病院での集団生活に馴染めるだろうか、作業についていけるだろうか、3ヶ月も学校を休んで進学できるだろうかなど悩みに悩んで入院を決意し、様々な不安を抱えながら臥褥に入りました。臥褥に入って2、3日後からはあまりに辛く、何度も臥褥をやめてしまおうと思いましたが、症状を治したいという気持ちが打ち勝ってなんとか一週間の臥褥を耐えきることができました。

 臥褥が明けて、森田の患者さんたちとの初めての食事では緊張で身体が震えました。作業でも、何か失敗してしまわないだろうか、何もできない使えない人間だと思われたくない、自分から仕事を見つけて動かなければ・・・、と常に緊張しながら作業しました。ですが、先生から、与えられた仕事を淡々とこなせばいいというアドバイスをいただいて、必要以上に気張らず行動することを心掛け、ある程度楽な気持ちで作業にのぞみました。症状があろうとなかろうと、目的本位・行動本位で行動しようと努力しました。

 入院後も人間関係について悩み、いっそのこと死んでしまったほうが楽になるだろう・・・といった考えが頭をよぎることもありました。今でもそう思うことがあります。恐怖に立ち向かっていく勇気がなく、自分に自信がなく、逃げ出したい気分に押しつぶされそうになります。ですがそこで勇気を奮い立たせて恐怖に突入していく訓練が森田療法なのだと思い、自信が無くても畑作業や竹細工に「できない」と言うことなく挑戦してみました。最初は慣れない仕事に戸惑いましたが、段々作業にも慣れてきて人に教えることができるようになるまでなりました。入院前は失敗を恐れ、行動する前から「自分は能力のない、通用しない人間だ」と逃げ腰になっていたのだということに気付きました。少しですが、自分に自信を持てるようになりました。

 森田療法を通して、恐怖から逃げ出さないこと、行動本位・目的本位に行動することを学びました。また、『神経質を活かす』という考え方も森田療法で学んだ大切なことのひとつです。仕事でも、勉強でも、神経質であることを活かして自分の納得のいくまでやり通せばいい。そう考えることができるようになりました。

 退院してまもなく、自分にとって最大の恐怖と言ってもいい、学校生活がはじまります。恐怖に直面する機会もこれまでよりさらに増えると思いますが、症状は『あるがまま』に、神経質を活かして、何とか逃げずにやっていこうと思います。

 こう思えるようになったのも内山先生、作業指導員のみなさん、看護師のみなさん、そして同じ森田の患者のみなさんの支えがあったからです。短い間でしたが、私にとってここでの生活はかけがえのないものになりました。本当にありがとうございました。

体験発表:B

私が最初に症状が出始めたのは中学生の頃です。あるショックな出来事により女性恐怖、対人恐怖の症状が出始めました。人の目が気になるようになり伏目がちになり挙動不審になっていきました。そして高校に入学してまもない頃決定的な出来事がありました。クラスで授業を受けている時に視界に入るクラスメイトに意識がいくようになり、その意識がその人に不快感を与えているのではないかと思うようになりました。そしてそれはその人だけでなく、様々な人に対しても感じるようになりました。

電車に乗っている時や、授業中は目の置き場がなく下を向くか寝たふりをするしかありませんでした。そういう中で学校に行かなくなり家にいることが多くなりました。なんとか学校を卒業して大学に入学し、勤め始めたバイト先で自分はミスばかりしてしまい、同僚からの明らかな嫌悪感を感じるようになりました。それと昔からの自分の長続きしない性格、物覚えの悪いところも相まって完全に自信喪失状態になりました。そして対人関係においては人と上手に会話することができなく、自分と一緒にいるとつまらない思いをさせているのではないかと感じ、人間関係を築くことにすごく臆病になっていました。とにかく人からどう思われているかばかりを気にして、それにがんじがらめになっていました。そうしたどうしようもない状態の中、通院していた病院の先生に入院森田療法を薦められました。事前に森田療法の本を読み、その目的本位の行動療法というものに非常に興味が湧きました。そして自分で病気を治そうと躍起になってもますます悪くなるという悪循環に陥っていた自分にとって最後の希望のように感じ、入院を決意しました。

まず臥褥に入ると最初のほうはただ気楽に寝ているだけでつらくはありませんでした。しかし段々欲求不満になっていき、人と話したい、本を読みたい、美味しいものを食べたいなどと様々な欲求がでてくるようになり精神的飢餓状態になりかなりつらくなっていきました。しかし苦しみ抜いたうちに忍耐することを覚えました。そしてポジティブに物事を考えられるようになりました。例えるならメーターを一周してゼロに戻るといったところでしょうか。臥褥をとおして忍耐をすることと、日常の些細な出来事の貴重さを知ることが出来ました。

臥褥があけると最初は何をするのも嬉しく感じました。軽作業期も張り切って草取りに励みました。重作業期に入ってもそれは変わらず進んで手を出していきました。しかし時間が経ってくると、だんだんとだれ始めてこんなことをやって病気を克服できるのだろうか、と疑心を抱き始め、作業がだるく感じ始めました。そんな中、先輩が男子トイレを綺麗にくまなくきちんと掃除しているのを見ました。その先輩はその日だけでなく毎日作業をきちんと几帳面にこなしていました。そういう姿を見て、自分もだるかったり不安があってもとにかく作業に手を出していこうと思いました。そうやって意識していったところ、段々とオフの時間と作業の時間とのスイッチを切り替えて行動できるようになっていきました。そうした中作業に手を出していたところ、ある日いいようのない充実感に満たされました。症状もあまり気にならなくなり、すがすがしい気分になりました。作業にしっかり取り組み、一生懸命一日を生きた充実感に満たされたのです。退院してもこういった一日を毎日過ごせるように意識したいです。

次に自分は作業に当たるとどうしても自分のやることをみつけなくてはならないとあせってしまい、てんてこまいになってしまうことがありました。なんとか役に立たなくてはとあせって逆にミスをしてしまう、バイト先の悪しき習慣が作業にもでてしまいました。

それと同時に完全に作業をこなさなくてはいけないという強迫観念により作業がうまくいかない時もありました。耕運機が上手く使えなく、あせってしまい、使えない人間だと思われているのではないか、と勘繰り、冷や汗がでたこともあります。特にリーダーを任されている時はリーダーらしく率先して行動しようと気負い過ぎて結果的にてんてこまいになってしまいました。そうしている内に周りの先輩達の様子をよく見てみると落ち着いて自分の思ったように作業している先輩達がいました。

その様子を見て自分もあせらず落ち着いて自分のペースで作業すればいいんだと思えるようになりました。これは対人関係ひいては生活全般においても通用することだと思います。

森田療法を通して学んだ事は、やるべき時はやるという事。他の人に迷惑をかけないこと。忍耐すること。焦らず自分のペースで物事を進めること。そして上手に気持ちを切り替えて物事に入っていく事などがあります。まだ自分は症状がありますが、ここで学んだ事を活かして目的本位に生活していきたいと思います。

最後に人生の大先輩として素晴らしいアドバイスを下さった指導員さん、豊かな知識で日本の歴史を通して素晴らしいアドバイスを下さった指導員さん。いつも温かい目で見守って下さった看護師の皆さん、冷静に話を聞いてくれ、客観的にアドバイスを下さった内山先生、そして一緒に貴重な時間を過ごした森田の患者の皆さん、ありがとうございました。

主治医のコメント:

今回の体験発表者はAさん、Bさんの二人でした。お二人とも同じ頃に入院され、退院も同時期になりましたね。お二人は症状も似ていて対人恐怖です。今回はお二人の体験発表についてまとめてコメントします。二人分をまとめてコメントするのは初めてですね。

対人恐怖は神経症の症状の一つで、古くからあります。最も神経症らしい神経症と言えます。気質に基づく心因性の疾患です。この対人恐怖は環境に左右される症状で、文化、社会、国家によって様相が異なります。欧米に比べて日本人には対人恐怖が多いと考えられています。

対人恐怖については様々な理論があり、これまでそれらを紹介してきましたが、今日は対人恐怖のメカニズムを内沼幸雄先生の論文を紹介しながら説明します。内村先生は帝京大学の教授をされていた方で、著作もいくつかあります。元々は森田療法を研究されていましたが、その後精神分析に進まれました。

内沼先生によると、対人恐怖の中核症状としては「赤面恐怖」、「表情恐怖」、「視線恐怖」が挙げられます。対人恐怖の周辺症状としては「会食恐怖」、「どもり(吃音)」、「自己臭恐怖」などが挙げられます。対人恐怖の中核症状は、赤面恐怖→表情恐怖→視線恐怖というふうに推移する、というのが内沼先生の独自の考えです。私の臨床経験ではそこまではっきり言えるのかどうか分かりませんが、理論的に人見知り→赤面恐怖→表情恐怖→視線恐怖という道筋をたどるという内村先生の考えは卓見と思います。

内沼先生は校医の経験があり、幼児教育にも通じています。欧米では、子供は幼い頃から自分のことは自分でやるようにしつけられます。日本では、親はわが子にまず愛情をそそぎ、ある時期以降に自立をうながす、いわば二段階教育ですね。そしてこの切り替えがうまくいかず、それが日本人の対人恐怖の素地になる、と内沼先生は指摘しています。

日本人の対人恐怖は「恥の文化」に一因があると言われています。その「恥」のうち、「羞恥」と「恥辱」は同じ恥の字を使っても意味は異なります。「羞恥」という概念は日本人特有の「奥ゆかしい」という心性に基づいており、必ずしも全面的なマイナスではありません。「恥辱」は面子丸つぶれなどと言われる状態であり、欧米においてもマイナス要因と考えられています。そして恥が進むと罪の意識になります。すなわち倫理的側面をみると、羞恥→恥辱→罪というふうに推移すると言うわけです。このことは対人恐怖症状における、人見知り→赤面恐怖→表情恐怖→視線恐怖という推移に相当します。視線恐怖では単に恥ずかしいという考えにとどまらず、「見ることにより相手を破壊する」、「他人に不快感を与える自分に罪悪感を感じる」など罪の意識が強くなると言われています。

内村先生は人間集団を三つに分けています。互いに関係のない者から成る、自他分離志向の強い「無関係集団」、会社の同僚やクラスメイトといった「中間集団」、家族や親友のような「親密集団」の三つです。そしてこの「中間集団」で対人恐怖が顕著となると先生は指摘しています。たとえばレストラン、または昔からあるような食堂を想像してください。無関係集団であれば、親子丼にしろカレーにしろ個々人が好きなものを勝手に注文します。親密集団であれば、たとえば親子の場合、子供は「カレーが食べたい」と希望し、父親は「父さんは親子丼にするよ」と応じることができる。ところが中間集団ではそうはいかない。他の4人がカレーライスを注文し、自分は親子丼を食べたいとき、自分だけ親子丼を頼むことは難しい。みんなに合わせなきゃという意識が、どうしても働いてしまうのです。中間集団では力のある人が決めていくと言うよりむしろ「間」が場を支配します。「間」は「魔」であると内沼先生は表現しています。

ところで対人恐怖は、最近の欧米の概念である「社会不安障害」に置き換えることができます。両者のちがいですが、対人恐怖には加害性があり、社会不安障害にはそれがないと言われます。また対人恐怖は中核症状すなわち赤面恐怖、表情恐怖、視線恐怖が多く、社会不安障害は周辺症状すなわち会食恐怖、吃音、自己臭恐怖が多く中核症状が少ないと言われます。そして対人恐怖が進むと「回避性人格障害」つまり引きこもりになる場合があります。ただし、欧米の社会では引きこもりはもっぱらマイナスのイメージですが、日本の社会では控えめで奥ゆかしいという感覚をそなえているため、欧米よりも引きこもりに寛容です。

 さてAさん、Bさんに話を戻します。Aさんは「目的本位、やるべきことを淡々とやる」、Bさんは「人に見られても見られなくても自分のペースで一定に行動する」と発表の中で言っていました。どちらも大切なことです。二つ合わせてできればもっといいですね。

 対人恐怖症者は他人の思惑を気にしすぎていると思います。私が思うには、「他人からどう思われるか」ではなく「自分がどう行動するか」が重要です。言い換えると、行動の規範を他人に求めるのでなく、自分自身で作っていくことです。対人恐怖症者は発想が病的なわけではないですから、自分で正しいと思うことを実行していけばいい。この場合の「自分で正しいと思うこと」とは、自己中心的という意味ではない。グローバルスタンダード、つまり常識のことです。森田療法を生かしてAさんは学校に戻るわけだから高校生らしく淡々と行動していけばよい。Bさんは発表の中にあったとおり自分のペースで大学生活を送ればよいわけです。

 森田療法の考え方はやるべきことをやるという当たり前のもので、そこに副作用はありません。ですからAさんもBさんも今後ずっと森田療法を続けていけばよいと思います。退院の時点で症状がまだあったとしても、どんどん積極的に行動していけば必ずや症状は改善していくと思います。

 Aさん、Bさん、お二人とも退院おめでとうございます。今後の活躍を期待しています。