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茶話会
メニュー:フルーツサンドウィッチ
メロン味のゼリー
紅茶
体験発表者: 46歳 男性
離人神経症
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体験発表:
一番最初に症状が現れたのは、中学3年の時でした。中学3年の一学期に、学級委員をやっていたのですが、一学期のわりと初めの時期に、学級担任の先生が、クラスの生徒の態度に、ひどく怒ってしまい、朝のホームルームの途中で職員室に引き上げてしまったのです。その時は職員室まで、担任の先生を呼びに行ったものの、教室には帰ってくれませんでした。その翌日から、ホームルームも、担当の社会科の授業も、先生の方で、一方的に連絡読み上げ、教科書の読み上げだけになってしまい、それまでの生徒が手を上げて答えるとか、生徒の発言を一切なくされてしまいました。私は、学級委員として、毎日、何か行動を起こして、担任とクラスの間を改善しなくてはいけないと思いながら、通学するだけで、何もできない上、プライドが邪魔して、周囲の生徒にも、他の先生にも、両親にも、相談できずにいました。そのうち、「あいつは、学級委員のくせに何もしない」と、周りの生徒に思われているように思い、何も感じまいと努めているうちに、何を見ても聞いても感情が麻痺したように、喜怒哀楽とか何かが美しいとかの感情が無くなってしまいました。心の奥では、感情があるのに、表面意識では、全く、捉えられなくなってしまいました。感情がなくなると同時に何かをやりたいとかいう気持ちも無くなってきて、集中力も落ちて、高校でも、同じ状態が続き、耐えきれず、地元の精神神経科を受診しました。離人神経症と診断され、後は、大学の保健センターや社会に出てからも、神経科に通いながら、専ら、薬を出されるだけで、改善は見られませんでした。
大学を出てから、配属された営業の部署でも、転職した研究所でも、やる気のなさに悩みながらの通勤でした。どうしても、仕事の効率も悪く、時には、会社を休みがちになったり、自分でも、周りに迷惑をかけているという思いが強く、その癖、問題に直面できず、宗教をやってみたり、ボランティア活動をやってみたりで、自分の心を誤魔化していたように思います。
薬だけでなく、東洋医学を試したり、瞑想、気功などもやってみましたが、さほど、効果はありませんでした。森田療法については、本で知っていましたが、実際に一人で実行するだけのやる気も起こらず、入院しようと思って訪ねると満室だったり、自由診療でやっている有名な診療所では、あまりの入院費の高さにお金を払う目途が立たず、断念してしまい、いつしか、森田療法の事は忘れていました。しかし、昨年、たまたま、東京で働いた時にかかった心療クリニックの先生が、強く、入院森田療法を勧めて下さり、健康保険が効く病院として、こちらの三島森田病院を紹介してくれました。診察を一度、受けてから実際に入院森田療法を始めるまで、躊躇したりで、半年かかりました。
入院して、臥褥に入って、最初は、一日、寝ていられて、自分には、そう苦痛はなかったのですが、もう、自分の場合は慢性化していて、こんな事をしても治らないのじゃないかとか、落ちこんだり、何か希望が沸いて来たりの繰り返しでした。
軽作業期は、検査や何かで、自分には、あっという間に過ぎました。重作業期に入り、いよいよ皆と一緒に、農作業を中心に、作業をするようになりました。初めは、一緒に生活していく人がどういう人達か気になりましたが、当番作業から、農作業まで、指導員の方初め、皆さんも丁寧に教えてくれて、ほっとしました。入院してくる前、アルバイトをやめてから、2週間余りは、自宅で、昼夜逆転のような生活を送っていたので、朝早くからの当番作業から、やっていけるか、不安でしたが、重作業期に入ると、皆さんがやっているので、つられて、思ったより、簡単に出来ました。
今まで、実家にいると、アルバイトをして帰ると、部屋の整理も何もやらない。TVを見て時間をつぶすだけ。両親との会話もあまりしたくない。年齢的にも、職種的にも、地元では、就職先がなく、未来に何の希望もないし、怠惰な生活で、自分は、もうどうせ、ダメな人間なのだという思いが強く、自暴自棄になっていました。
それが、ここで、生活するようになって、実践を積み重ねていくと、だんだん、自信が回復してきて、自暴自棄な極端なマイナス思考は無くなってきました。農作業で、戸外で体を動かす事もプラスに働いていると思います。
やらなきゃいけないと思いながら、行動しない。これが自分の自信を一番、損ねていました。それを実際に気付かしてもらいました。
また、入院1か月半位から、就職活動を始めました。今までの職歴で、環境関係の化学分析が一番、長いのですが、派遣社員としてなら、仕事はかなりあることが判りました。これは、今、中部四県の求人が日本で一番高いということもあるのですが。ただ、今回は、家族の反対もあり、すぐには、就職しない事になりました。
また、私自身にも、不安があります。企業の中を見学させてもらって、若い人達がテキパキと仕事をこなしているのをみると、ブランクのある自分が逆に短期でも即戦力と期待されて派遣社員として入っても、即戦力にはならないだろうということが判るからです。しかし、今は、こういうブランクのある人向けの化学分析の研修会もあるので、自分の不安な部分を現実的に無くしていく実際的作業も必要だと感じています。
今、現在、入院森田療法を始めてから、二ヵ月半になります。自分の生活は大いに変わったと思う反面、離人症自体は、そのままで、自分から進んで何かやりたいという欲求が余りないのが、まだ、不安です。今後のここでの生活で少しでもそれが改善できたらと思います。
今回、この入院を援助してくれて、いろいろ心配してくれる両親に感謝する思いになりました。また、内山先生や指導員さん、看護師の方々、そして、何より、ここの森田療法で、一緒に生活した皆さんが居てくれて、はじめて、生活が変わりました。本当に、ありがとうございます。
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主治医の講話:
内山医師コメント:
今回のテーマは離人症ですね。離人症というのは次の3タイプがあると言われています。
@「外界疎隔感」(外界に対する現実感が失われる) derealization
A「自我疎隔感」(自分の存在が実感できない) autopsychic depersonalization
B「身体疎隔感」(自分の身体が実感できない) somatopsychic depersonalization
離人症の上記症状は、男性の場合6%、女性の場合12%の人が一生の間1回は経験するというドイツの統計もあり、意外に身近な症状と言えましょう。うつ病、統合失調症など多数の疾患と合併する場合があると知られていますが、それらの症状の軽重にほとんど影響を与えません。単独の場合は神経症に分類され、離人神経症と呼ばれますが、性格的には神経質と限らず、森田神経質ともヒステリー(解離性障害)とも一線を画します。つまり離人症はその内容が特異的である一方、誰にでも出現しうるという意味で、疾患とも症状とも言える存在です。離人症状は身近であり、教科書的な症状ですが、離人症として受診するのはごく一部です。疾患としては最近減少傾向にあるとも言われます。離人神経症として当院で入院森田療法を受けた方としては、ここ10年で2人くらいです。心理機制としては、対人関係などにおける強い精神的ストレスや身体的疲労を契機に不安を経験した人が、その防衛として、つまり不安を押し隠し打ち消そうとして発症するとも言われます。症状そのものは、人格が崩壊したり死に至るものではなく、統合失調症やうつ病に比べて決して重篤とは言えませんが、薬物療法、精神療法を問わず、治療に難渋するとも言われています。離人神経症は、離人症状そのものより、それに基づく抑うつや集中困難が問題となることが多いと思います。
さて、あなたの場合は上記症状@ABすべてがあてはまるということですね。また、「感情をなくす」などの離人症状に引き続いて、意欲低下や集中困難をきたしたことも典型的なケースです。そして退職、転職を繰り返したりしていくうちに自信をなくし、自分にダメ人間のレッテルを貼ってしまったわけです。そうした離人症の克服に前向きに薬や東洋的治療など試みるものの、うまくいかず今日に至ってしまいました。そこでようやく入院森田療法にたどり着いたということですね。
当院に入院して、入院前の昼夜逆転の生活から、規則正しい生活に変わりました。入院前にはやる気が出なかったわけですが、作業をやっていくうちに、思ったよりも簡単にできることに気付きました。皆につられて戸外の農作業で無心に体を動かすことで「目的本位」を実行できたと思います。実践を積み重ねていくうちに、だんだん自信が回復して自暴自棄的な極端なマイナス思考がなくなってきたと言っていますね。これは森田療法による効果だと思います。しかしまだまだ離人症状が残存していて不安だと述べています。
実はそのとおりなのです。森田療法は離人症状そのものを治すわけではありません。離人症に引き続いて派生した、意欲低下、集中困難そして自信喪失を改善させることが目標なのです。つまり、離人症状があっても仕事ができるという自信をつけていけばよいのです。そうすれば、自分の中で離人症に対する不安の占める割合は少なくなります。結果として離人症が軽くなると言えるでしょう。行動することで道が開けます。今後も森田療法的な生活を続けていってください。
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