
|
 |
茶話会メニュー: ヤキソバパン
白玉フルーツポンチ
ウーロン茶
|
23歳 男性 会社員
うつ病 |
体験発表:
<入院前>
会社に入社して二年がたった頃、仕事に慣れてきたのもあって一人で一通りの事ができるようになり、毎日同じことの繰り返しで少し仕事に満足しない日が続き、それと同時に疲労感も出てきました。最初はあまり気にせず仕事をしていました。しかし日が経つにつれてどんどん症状が強くなっていきました。仕事をしたくない、出来ない、仕事をするのがばかばかしいと思うようになり、疲れて早く寝ても、次の日は疲労感でいっぱいになってしまいました。
ちょうど母が精神科のクリニックに通っていたので、会社から帰るなり泣きながらクリニックへ連れてってくれと頼みました。病院に行き、うつ病と診断され、すぐに会社を休むことになりました。そのときは会社を休める嬉しさで一杯でした。先生からは三ヶ月ぐらいでよくなるでしょうと言われました。最初は症状も薬も少なかったのですが、二ヶ月、三ヶ月と自宅で休養していても、よくなるどころか逆に症状がひどくなっていきました。
休養して半年ぐらいたった頃、自分が情けない、役に立たない存在だと思うようになり、リストカットを始めました。最初は手首を少し切って血がにじむ程度で満足していたのですが、次第にエスカレートして血がだらだらと出ないと満足しない様になりました。さすがに親も気づき、即病院に行き入院しました。
一ヶ月ほどで症状もよくなり、リストカットはしなくなりました。退院してからはまた自宅で休養していました。三ヶ月ほど経ち調子が良くなり、会社にも行けるかなと思っていたときに、また会社のことが嫌だ戻りたくないと思い始めました。それからはまたどんどん調子も悪くなり、症状も強くなっていきました。そのときは、会社の人たちと会い、産業医とも会って、いろんなことがプレッシャーに感じたんだと思います。リストカットはしなかったけど強い自殺願望が生まれてしまいました。毎日毎日どうやって死のうか、どうすれば迷惑をかけずに死ねるか考えて、体はだるく、やる気も出ず、どんどん悪くなる一方でした。そして二回目の入院になりました。
前回と同じ一ヶ月で調子も良くなり退院しました。退院後、一ヶ月ほどで会社にも復帰しました。しかし日数を重ねるごとに症状が出始め、仕事の途中で調子が悪くなり、ベッドで休むことが多くなりました。それから最初と同じく会社に行くのが嫌になり、休職となってしまいました。
そのときに、このままの生活をしていたら治らないんじゃないかと思い、パソコンで調べているところに森田病院が目に入りました。
<入院後>
入院してすぐ臥褥に入りました。何もしないで一週間すごすと聞いていましたが、それで何の役に立つのかな?と疑問を感じながらの生活でした。一日目〜三日目はとても快適で、外からの刺激もなくとても楽でした。四日目〜五日目は今まで快適だと思っていたけど、なにもすることがなくてつまらない、何かしたい、辛いと思いました。六日目はご飯も食べれず、今後の入院生活のことを考えて、上手くできるだろうかと不安にもなりました。七日目はもう心配するよりやりたいと思うようになりました。
臥褥が終わり軽作業に入りました。最初の作業は草取りで、思ったよりも大変で作業時間が長く感じ、本当にこれで病気が良くなるのかと何回も疑問に感じました。
軽作業期から重作業期に入り、朝の当番の指導を受けたり、作業もみんなと同じメニューをこなすようになりました。最初は覚えなきゃ、上手くやらなきゃとかいろいろ考えて調子が悪くなったりもしました。集団療法でも本の内容が全然分からず、先生の解説を聞いても何を言いたいのか分かりませんでした。すべてが初めての体験だったのでとても緊張したし、不安にもなりました。
一週間ほどたちようやく作業の内容、患者さんの名前など全体が分かってきて、それまでの緊張や不安も少しずつなくなってきました。でもまだ体力が無いせいか、作業が終わるととても疲れてしまう毎日が続きました。そのころもまだ森田療法に疑問を持ちながらも一通りのことをやっていきました。
一ヶ月後には作業にも慣れてきました。しかし慣れてきたのは良いが、自分が気づかないうちに100%出して作業に取り組んでしまっていました。先生からは80%を意識してやりましょうと問診で言われ、それから自分で意識しながら作業に取り組むようになりました。80%はどれくらいだろう?もしかして周りからさぼっているように見られるんじゃないかと少し不安もありました。でもいろいろ考えても始まらない、まずは行動だと思い、毎日の作業をこなしていきました。
二ヶ月目に入った頃には自然に無理せず作業をこなしている自分がいました。一ヶ月が過ぎたのでサブリーダーの役が回ってきました。作業には慣れたけどサブリーダーになればいろいろ大変なのではないか?自分でも出来るか心配になってきました。サブリーダーになった時はリーダーにいろいろと内容を聞き、お茶作りや飲み終わったコップ洗い、作業前の準備のサポート、収穫した野菜の個数や販売、出納帳への記入などいろいろあり、覚えるのも大変でした。でもひとつひとつやっていき、自分にも出来たと思えるようになっていきました。少しですが自分に自信が持てるようになりました。
次はリーダーをやることになりました。リーダーは、指導員の言った事をみんなに伝えて誰が何をするのか割り振りしたり、サブリーダーに指示を出したり、みんなのまとめ役なのでとても緊張しました。でも、サブリーダーをやることが出来たのだから自分だってリーダーが出来ると信じてやろうと思いました。リーダーの初回だったのでわからないことだらけでしたが、みんながアドバイスしてくれたおかげでなんとかリーダーをやることが出来ました。なんでも初めは大変だなと思うけど、やってみると自分にも出来るんだなと感じ、また自分自身に自信がつきました。
この頃から外泊もするようになりました。入院する前は親と会話をするのが嫌で、なるべく会わないようにしていました。でも森田でいろいろな経験をつみ、自分に自信が持てた事もあり、親と会話してみよう、これもリハビリだと思い、自分から話しかけたり、聞いてみたり、質問したりして今まで出来なかった親との会話をする様になりました。そういう行動も親にとっては嬉しいことだし、森田療法の効果が出てきたのかなと安心させる事が出来たと思います。
三ヶ月目、この頃には調子も安定してきて薬もかなり減りました。前の病院では増やしても減らしてはくれなかったので、とても嬉しく思いました。少しずつだけど良くなっているんだと思えるようになりました。集団療法も何回かやるうちに内容がわかってきて、本に出ている症状が自分にもあてはまる事が多く、それにはどうしたらいいのかを知ることが出来ました。集団療法では自分の物の考え方について考える時間となり、少しずつ自分の考え方が変わっていくような気がしました。
茶話会では最初に司会をやりました。台本があったのでそれほど緊張はしなかったけど、少し不安がありました。でもやってみると普通に出来てここでも自信がつきました。人前で話すのは苦手中の苦手だったのでいい体験になりました。二回目の茶話会では調理担当になり、料理のレシピ作りをやりました。普段料理なんてしないので大変でした。みんなの意見をまとめて料理を決め、レシピを作り、材料の買出しをしました。リハーサルではメインのお好み焼きは上手くいったのにデザートのゼリーが固まらず、リハーサルの後も一人でもう一回やってみたりしました。いろいろ苦労した結果、本番では上手に出来て評判も良く、とても嬉しく今まで味わった事の無いぐらいの達成感がありました。この茶話会も自分を大きく成長させてくれた出来事でした。
多くの行事・役割・作業をこなしていくうちに自分が変わってきたなと思えるようになりました。自分では入院前と比べると今はまるで別人になったような気がします。森田療法に出会って本当に良かったなと思います。退院までこのままの気持ちを持ち続けて、仕事復帰してからも森田療法を実践していこうと思います。
|
主治医のコメント:
最近多くなってきているうつ病の典型例ですね。とつとつと実に良く自己の心情を吐露して、事実を丹念に述べている発表だと思います。あなたの発表には入院森田療法の根本理念が反映していると思います。ですから、この発表を基にして文章の一つ一つを解説していくと、森田療法についての皆さんの理解につながるのではないかと思います。
あなたの今の実際の行動は素晴らしく、まったく申し分ありませんし、皆さんの中には一体あなたがどこを悩んでいたのかわからなかった人もいるでしょう。しかし、入院前の記述を聞いて、実は深い苦悩があったんだなあと初めてわかったと思います。実は皆さんも一人一人、周囲からは良さそうに見えても人知れず悩みを持っているのだなと分かってもらえればと思います。
うつ病の症状はご承知のとおり「抑うつ気分」、「意欲低下」が主訴となりますが、さらには「思考制止」と言いますが、わけがわからなくなって集中困難をきたしたりします。それから自殺願望(我々は「自殺念慮」と言います)、これが悪くなると「自殺企図」となります。身体的症状として食欲不振、不眠、疲労、倦怠感等があり、その他、肩凝り、腰痛等の痛みが増強して感じられるようになるのがうつ病の特徴ですね。
これらの症状に対してどういう治療をするかというと、まず普通は休養です。うつ病は、精神的エネルギーを使い過ぎて、いわばガス欠のような状態になっているわけです。休養はつまり充電に該当することになるわけです。休養とともに重要なのが、薬物療法です。抗うつ剤の投薬によって充電するスピードが速くなるわけです。普通の病院やクリニックではこの休養と薬物療法がうつ病治療の2本柱となっています。
あなたもうつ病と診断されて、休養と薬物療法のために入院し、充電して退院したわけです。しかし、しばらくたって症状が再発して、再入院して再び充電して退院となりました。そしてまたまた症状が出てきたわけです。それはどういう原因があったのか、休養と薬物療法だけでは何か足りなかったのか。あなたは良い例となりますが、まず第一に自信喪失という問題があったと思います。自信というものは直前の経験によって左右されます。それまでの人生が順風満帆だったとしても、症状によって何回か失敗すると、働くことへの恐怖がつのり、自分はダメな人間なんだと自信喪失してしまう。それから、第二に気分が改善しても、すぐ働ける状態に体がなっていない。動くことや外出への不慣れが積み重なると、単に朝起きることすらできなくなります。体力の低下と不規則な生活リズムをもたらします。これらを改善するには、休養や投薬による気分改善だけでは不十分な場合があります。失敗した経験を埋め合わせて、自信喪失や悪い生活リズムを克服するには、成功する生の体験が必要なのです。
森田療法はうつの回復期に行うのがよいとされています。それはすなわち、気分は改善したものの自信の持てないうつの人にとって、森田療法が成功体験の一助になるということを意味します。
さて、あなたの入院経過をたどるだけで入院森田療法の持つ意味がわかってくると思います。臥褥については省略します。重作業期に入った時に、「上手くやらなきゃとかいろいろ考えて調子が悪くなった」と述べてますが、これは皆さん経験したことと思います。「すべてが初めての経験だったのでとても緊張したし、不安にもなった」とも書かれており、思い当たる人も多いと思います。もう少し経つと「森田療法に疑問を持った」とあります。これは感じて当然なんですね。疑問に感じない方が少ない。というのは、皆さんは治療に即効性を求めます。特に気分が早急に良くなることを求めます。しかし森田療法では、作業療法等の訓練によって症状がよくなるのは実は最後なんです。ですから、症状を抱えつつ疑問を持ちながらも、とにかくやってみようという精神が肝心なんです。それをあなたは自分自身で認識し、実行していきました。「疑問を感じながらも一通りのことをやった」、「いろいろ考えても始まらない、まずは行動だ」と。そのとおりなんですね。頭の中で考えを変えようとしてもなかなか変わるものではありません。結局は悪いように考えてしまいます。私の知り得る限り、自分で考えるだけで良くなった人はほとんどありません。いくら考えても仕方がないんです。やる事があってそれをこなしていかなければならない状況に放り込まれる。この点が家で休養している時との違いです。ここまでが1か月という段階でした。
2ヶ月目に、病院生活に慣れる中で「自然に無理せず作業をこなしている自分がいた」と言ってます。病棟スケジュールをこなしていくうちにだんだん慣れていったわけです。うつ病や神経症の人は元々能力の高い人が多いです。能力は高いが自信を喪失しているだけなので、やってみると意外とできるのです。特に2ヶ月目にもなると体力も回復してきているし、十分一人前にできます。そうすると「一つ一つやっていき、自分にも出来たと思えるようになって」くるわけです。毎日毎日畑へ出かけていき、地道に実績を積み重ねる中で、誰かにおまえはできる人間だと言われて自信をつけるのでなく、自分自身で確かに出来たなと、事実に基づいた体験によって理屈ぬきに自信がついてくることが確実なる自信回復なのです。
次はリーダーをやることで今度は「何でも初めは大変だなと思うけど、やってみると自分も出来るんだな」と、与えられたものを仕方なくやっていく中で、やってみるとなんとかやっている自分に気付きます。うつ病の人は自分に厳しく、悲観的に考えてしまうことが多いのです。つまり自分の感覚と能力に乖離があり、やってみると意外にできるものです。だから自信がなくてもないままにとにかくやってみると良いのです。その実績が自信となっていきます。
そして、集団精神療法においても森田理論の勉強が最初はわからなかったわけですが、次第に理解できるようになっていきます。1ヶ月目は「本の内容が全然わからず、先生の解説を聞いても何を言いたいのかわからない」という状態だったものが、3ヶ月目に入ると「本に出ている症状が自分に当てはまる事が多くそれにはどうしたらいいのか知ることが出来ました」と述べてます。素晴らしいことですね。よく森田療法をやろうとする人は事前に本をたくさん読んできたりします。頭で理解しようとしているわけです。しかしそれよりも、実際にやってみて、やったあとで感じた方が確実に理解できるのです。集団精神療法での私の解説方法等が変化したわけではないですから、あなたが最初理解できなかったものがだんだん理解できるようになってきたということは、あなた自身が成長していったということです。これはまさしく畑で体験を積んだおかげです。
今、3ヶ月経って「多くの行事、役割、作業をこなすうちに自分が変わってきたなと思えるようになりました」と言ってます。単に経験を積んで自信がついたというだけでなく、人間として成長したということなんですね。これが大きいと思います。このことから森田療法の意義が理解されると思います。先ほど、自信喪失して動くことのできない人を森田療法で改善させていくと言いましたが、その他に、人間として経験を積んで成長していくことこそ森田療法の真の意義なのだと思います。単に症状が治ったとかいうことでなく、人間として成長を与えてくれるものであるのです。
ところで森田療法という呼び名についてですが、私の師である大原健士郎浜松医大名誉教授は、森田療法を別名で呼びたいと常々言っておられました。一般的には、例えば認知行動療法というように、療法に人の名称は付かないものです。森田療法を「あるがまま療法」と呼ぶ人もいますが、大原先生は『創造的体験療法』との呼称が良いとおっしゃっていました。いみじくも本質を突いていると思います。自分自身でクリエイティブに体験していく、あくまで体験なんですね。症状もですが人間として成長していくというところを表現していると思われます。
あなたは今後、症状が悪くなることもままあるでしょうが、人間として成長していけば以前のようなことにはならないと思います。経験を生かして症状を克服することができると思います。
皆さんも、素朴に疑問を持っても構わないので、とにかく与えられたことをこなしていってください。そこから得られる経験が自信をつけていき、これが症状の克服に役立ちますし、人間としての成長をもたらすこととなります。
森田療法をしっかりやったということで自信を持っていいです。社会人としてやっていく中で、又、管理職になっても必ずこの体験は生きていくことと思います。
退院後のご活躍を期待しています。
|