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茶話会メニュー: どら焼き2種
(つぶあん・苺と生クリーム)
里芋の味噌田楽
お茶
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30歳 女性 会社員
強迫神経症
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体験発表:
入院14ヶ月を経て、体験感想文を発表することになりました。14ヶ月の数々の体験は小さな積み重ねが多く、長かったような、短かったような妙な気持ちです。体験のすべてはとてもまとめられませんが、気づいたことをいくつか述べたいと思います。
《入院前》
はじめに発症したのは、今から5年ほど前、入社4年過ぎ、新しい営業所に異動して3ヶ月程たった頃でした。はじめは、短期の拒食、記憶力の低下、頭の中が真っ白になったような感覚、肩こりや仕事をミスしないかとの強い不安と確認行為、頭で確認しているのですばやい行動ができない、などでした。つらいつらいと思いながら、かろうじて仕事は続け、一時軽くなったりもしましたが、ヘンなクセがたくさんできてしまったと苦しみながら生活し、病気だとは思いませんでした。
けれども約2年前から、症状が急に拡大し重症化してきてしまいました。
その頃の症状で主なものは、先に述べたものの他に、
@不潔への恐怖・・・自分の手や物が汚れていないか、汚れが自分につかないか、自分が汚れをつけはしないかが気になりました。汚いのではと思い込んだものが触れられなくなったり、手を何度も洗ったり、着替えたり、トイレや掃除洗濯がスムースにいかなかったり、ドアノブなどが触れられなかったり・・などしました。
A加害への恐怖・・・人とぶつかったりして、気が付かないうちに事故が起こってしまっていたらどうしようとの不安が強く、外を歩けずバス・電車などに乗れなくなり、相手が今何をしているか気になって電話が怖くてかけられなくなり、何か挟みはしないかとドアの開け閉めも怖く、石ころや落とし物で人が転んだら、といったことまで気になりました。
B不完全・過失への恐怖・・・自分の行動や記憶が間違っていたらどうしよう、間違いに気づかなかったらどうしようと気になりました。仕事では、郵便物を出す、電話で商品説明をする、パソコン入力、書類を読む、文章を書くといった普通のことが不安で何度も確認せずにいられなくなり、大事なものを捨てはしないかとゴミがすぐ捨てられず、食事も何か違っていたものが入っていたらと食べることも不安になり、自分の見たもの・光景のなかに事故などの大事が起こってなかったかとか、お金を払ったかどうか、とかまで不安になりました。その他にも、こんなことを考えてしまう自分は頭がおかしいのでは、という発狂への恐怖など、まだまだあげたらキリがありません。また、これらの症状のほとんどに確認行為が伴っていましたので、日常生活・会社生活が二進も三進も行かなくなってしまいました。
以上のような症状には、知らないうちに自分が間違いをしていて、生活(人生)が滅茶苦茶になってしまったらどうしよう、いい人いい人生でありたい、という思いが共通しているのではないかと思います。何が原因で発症したかはわかりませんが、今考えると、生活態度や仕事環境、発症するまでにつくられた、向上心・自立心が少なく、積極性の乏しい、事なかれ主義でイヤなことから逃げる傾向の性格、それでいて良い人でいたがりやで、努力をすぐあきらめる、そんな性格が関係していたのかもしれないと思います。
以上のような症状で、あまりにヘンなのを自分でも認めざるを得なくなり、母の予約で大学病院に行きそこで「強迫性障害」との病名と薬をもらい、会社の上司にも相談しました。しかしそれで緊張の糸が切れたようにさらに症状が悪化し、一時持ち直したりもしましたが、会社も休み、ほぼ引きこもり状態になってしまいました。
これらの強迫観念がバカバカしい、強迫行為が無駄とわかっていてもやめられないのが強迫性障害の症状です。強迫観念の体の奥底からくるような不安、強迫行為への強烈な衝動と、強迫行為が泥沼化した時の神経を研ぎ澄ませて行うことによるひどい疲労感と自己嫌悪、強迫行為をしなかったときのいつまで続くかわからないような非常な苦痛・・これらは体験した方でないとなかなかわかりにくいと思います。
大学病院の先生から森田療法の本を紹介され読んだり、インターネットで見たりして、次第に自分の症状と解決方法についてはわかってきました。しかしアレルギーが出て薬は飲めず、確認行為を止めろといわれても止められるものではなく、強迫観念・強迫行為の予期不安から布団から起きるのも、何をするのも苦痛で気力もなくなってしまいました。「手術のできる病気なら良かった」とか「このまま眠って目覚めなければ良いのに」とか、今から思えば不謹慎な考えばかりしていました。母から「これでは2人で死ぬしか先はない」とまで言われ、そこまで言われても症状をどうにかしたくてもできない自分が情けなく泣きました。無口な父に諭され、心配した母に不眠症になられ、子どもを抱えて忙しい姉に励まされても、死んだようになっている自分のせいで家族が崩れてしまうのではないかと恐怖を感じたところで、以前から失敗したらと不安で決心のつかなかった入院森田療法をすることを決めました。大学病院の先生から紹介状と「途中で止めたら絶対に後悔するよ」との言葉をもらい、三島森田病院へ診察に行き、初診後数日で入院、臥褥に入りました。
《臥褥》
臥褥では、過去の様々な出来事が頭に浮かび、あれでよかったんだろうかと不安や苦痛を感じ、また臥褥室に入る直前に起こった症状のことがずっと頭から離れず、考え続け苦しみました。入院するまで悪化した自分が情けなく、こんな症状にならなきゃならないほど自分の今までの人生は間違いをしてきたんだろうか?と泣いたりもしました。
考えることを止めたいと、それ以外は眠ってばかりいて気がつくと食事の時間という感じでしたし、その他はテレビや好きな本のことなど楽しいことを考えようと努めてもいました。臥褥期間中、あまり退屈を感じず、外へ出たいという欲求は薄かったです。
《作業期》
臥褥期間をなんとか乗り切ったと思いましたが、その後の数ヶ月間の方がさらに苦痛苦痛の日々でした。初めての共同生活で環境が変わり、体調は崩れ、食欲は出ず、症状は出まくって頭は混乱しているのに、畑作業・掃除当番などいろいろと新しくやることがあるのです。生活・作業に必要な動作の一つ一つに強迫観念・強迫行為の不安・苦痛とがしつこくついてまわりました。何度も強迫行為をしてしまい、何から何まで自信が持てず、些細なことを何度も確認するために、毎日いくつも姉にメールを送っていました。
ある時は、これから起こるであろう強迫観念・強迫行為への予期不安で固まったように動けなくなってしまい、指導員さんに怒られ励まされ、泣きながら掃除・畑作業に行ったこともあります。朝、布団の中で、今日も強迫観念・行為に悩まされる一日が始まるのかと思うと起きるのが嫌で嫌で、家族の顔を思い浮かべなんとか起床していました。
問診のたびに先生には、他人から思えば本当に些細でくだらない質問を繰り返しし続けました。何日たっても一向に症状が良くなっている気がしなく、苦しく、情けなく問診でも泣いてばかりいました。
3、4ヶ月たっても毎日症状に追い回され続け、外出する勇気も持てず、他のことを考える余裕もなく、他の森田の患者さんが3、4ヶ月で退院していくのに、3,4ヶ月たってもなかなか進歩しない自分は・・と比較しては情けなくなりました。それでも強迫観念・強迫行為の苦痛を思うと、予期不安でとても怖くて確認行為をやめたり、恐怖突入できず、そんな自分に自己嫌悪に陥っていました。
入院5ヶ月目頃まで病院にこもりきりでしたが、その頃から外出しなくてはと思い始め、まず一緒に入院している森田の患者さんの散歩や買い物について行ったり、両親が面会に来た時に一緒に買い物に出かけたりして、それから徐々に一人で買い物をしたり、バスや電車に乗る練習をしました。「訓練のための訓練はいらない」と森田療法では言うそうですが、私には社会復帰のため外出の練習は必要だったと思います。その後も、徐々に電車の移動距離を伸ばし、通勤の練習などをしています。
外出を続けているうち、確かに強迫観念・強迫行為はありますが、入院前に比べ(普通の人に比べればまだ十分おかしいのですが)症状に費やす時間が短くなっていて、症状が軽くなっているのには驚きました。また、畑作業もいつの間にか、体力も付いてイヤイヤでも作業についていけるようになっていきました。
入院中は、いつも自分が良い状態に向かっているのか、はっきり良くなった実感はちっとも得られず、よく本に書いてあるような、突然の悟りのようなものはありませんでした。気分が落ち込んでみて初めて「あれ、落ち込んだということは、これまでは少し症状が軽くなる方向に向かっていたのかな」とわかり、先生に励まされ、落ち込んだまま作業を毎日やって過ごしているうちに、落ち込みがなくなって忘れ、また生活しているうちに落ち込みが来る、といった繰り返しでした。症状は確かにあるのですが、いつのまにか少しずつ進歩していて、買い物ができるようになっていたり、バスや電車に乗れるようになっていたり、ごみが捨てられるようになっていたりするのは、森田療法の不思議なところだと思います。
ただ、私は入院前、完全に治って退院できるだろうと思っていました。症状は軽くはなり、なんとか一人で行動できることも増えましたが、まだ治っていない症状もあり、入院生活は、まだ少し残っていますが、症状は残ったまま社会復帰することになると思います。会社の人も家族も、症状が完全に治って退院したと思っているでしょう。そう思っている人々の中で、仕事・日常生活をやっていけるか、まだまだ「あるがまま」に症状を受け入れて行動を律することができない部分のある自分のままで、社会復帰するのはとても不安です。もしかすると、入院という手段を終えた退院のときこそが本当に背水の陣なのかもしれません。もう入院もできないのですから。
ですが、もう将来がないという状態だった私が、再度社会復帰をするチャンスを入院森田療法を経てもらいました。そのチャンスは、先生の適切なご指導と、看護師・指導員の方々の協力による病棟での生活・作業、そして家族の援助と、入院できる機会に恵まれたこと、森田の仲間に色々教えて貰ったこと、などなど、多くの協力と幸運によってだと思います。それらすべてに感謝したいと思います。
森田関連の本で、『結局人生には不安も苦痛もつきものであるということ、持続的な完全なコンディションなどありえないこと、そして向上する人間にとっては、不安も苦悩もまた生活の重要な内容であることが体験的にわかってきたからであります(森田療法のすすめ・高良武久著)』という文章が印象に残っています。
退院後も不安がたくさんありますが、「目的本位」の生活、「外相整いて内相自ら熟す」ように規則正しい生活が保てれば症状も気にならなくなっていくと信じて、調子が悪くなることがあると思いますが、「調子が良くて油断せず、悪くて悲観せず」、「前に謀らず後ろを慮らず」「第一覚」を信じて行動するよう努めていけたらと思います。
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内山先生の講話:
切々と自分の症状、体験を述べていて、聞く者に感動を与える内容となっていますね。全体を通じて知的で学会発表もできるような理路整然とした内容の体験発表と言えましょう。他と比べて強迫神経症は難治と言われていますが、あなたの場合も重症でした。しかしあなたは非常に努力されてようやくここまで来たと思います。
強迫神経症の強迫とは何でしょうか。簡単に言えば、自分にとって不合理で不適切な思考や行動に支配される状態と定義されます。概念が反復し持続的であるということ、つまりずっとその考えにとらわれるという特徴を有しています。加えて、客観的にはそれ程重要でない事柄にとらわれることが多いです。非常に重大な事にとらわれるのは当たり前であって、PTSDではたとえば阪神大震災とかサリン事件とか或いはレイプされたとかそういうものに衝撃を受けてとらわれてしまうわけですが、それは誰でも当然なわけです。
他方、強迫は客観的にはそれほど重要でない細かな事柄にとらわれ、しかもそのことをばかばかしいと自ら思っている状態です。ばかばかしいと思っているということは、その概念がある意味真実でないと思っているということで、妄想とは違うわけです。突拍子もない概念ではなく、自分でもなかば違うと思っているが、しかしもしそうだったらどうしようとどうしても気になってしまうこと、これを強迫と言うわけです。
一般的には二種類に分けられます。「考え」のことを強迫観念(obsession)と言います。「行動」のことを強迫行為(compulsion)と言います。この疾患のことを従来は「強迫神経症」と呼んでいましたが、最近は「強迫性障害」と国際的診断基準では呼ばれています。Obsessive−compulsive disorderの頭文字を取って‘OCD’と略して呼ばれます。
症状の中身はどういうものであるかというと、森田正馬が大変わかりやすく分類しています。その種類としては、
1.不潔恐怖(汚いものが嫌で手を何回も洗う)
2.確認癖(ガスや電気の確認など何回も確認してしまう)
3.不完全恐怖(完璧を期して考え込んでしまう)
4.雑念恐怖(くだらない考えが湧いてきて勉強・仕事の妨げとなってしまう)
5.加害恐怖(人に危害を与えてしまったらどうしようと思うもの。又、これが自分に向かうと自殺恐怖となる。自殺恐怖は自分が自殺してしまったらどうしようと思い悩むもので、自殺をしたくはないのであって、自殺念慮とは違います)
6.発狂恐怖(もし狂ったらどうしようというもの。強迫観念を持っているとばかばかしい思いが強く、そのせいで自分は頭がおかしい、気が狂ったのではないかと思ってしまうものです。しかし病識があるという点で真の精神病とはまったく違います)
などが代表的な症状です。あなたの場合はこれらのほとんど全部あるわけですから、典型的な強迫神経症と言えましょう。
強迫性障害という名称はDSM−Vという1980年代にアメリカで発表された国際的診断基準に記載されて有名になりました。神経症という概念がなくなり、強迫性障害は単独の疾患であるとみなされるようになった歴史があります。神経症とは定義としては心因に基づく器質性を除く機能障害と言われています。心因とは何かと言うと性格要因と環境要因のことで、つまり元々の体質的要因は薄いということですね。強迫神経症においても特有の性格がありますし、環境要因も大きいといわれています。
性格要因としては、いわゆる「強迫性格」が多いです。几帳面で秩序を重んじ、間違ったことが嫌いで、融通性に欠け、些細な事柄にこだわるといった性格です。あなたにも多分当てはまると思います。そして環境要因としては仕事上のミスとか失恋とか近親者の死とか種々の困難な環境の中で起こってきますね。
しかし強迫神経症の原因は心因だけではないと近年強調されはじめました。それは何かと言うと生物学的要因、つまり体質ということです。内科の種々の病気と同じように、元々の素因があると研究が進んできたのです。
第1にセロトニン仮説が挙げられます。脳内代謝物質のセロトニンの機能異常ということです。たまたま抗うつ薬の一種を使うと強迫神経症に有効であると知られるようになったのが最初の発見です。20年ほど前までは、強迫神経症には薬物療法は無効と言われていたのですが、クロミプラミン(アナフラニール)が効くのではないかとだんだん指摘されはじめました。この薬物は特にセロトニンの代謝に関係しており、そのことから逆算して、うつ病と同じようにセロトニンの働きが足りないためであって、これを補うことにより症状が軽快すると考えられるようになってきたわけです。
第2には、脳画像診断の進歩、特にPET、SPECTによる研究が進んできたことから判明してきたことがあります。PETはいろんな物質の流れをはっきりさせるものですが、脳内の唯一のエネルギー源であるグルコース(ブドウ糖)の流れを測り研究を重ねた結果、大脳基底核(特に尾状核)の部位から前頭葉(特に前頭眼窩面)にかけての部位の脳の活動が強迫神経症者において盛んであると示されたのです。この部位はネズミの動物実験上「問題発見回路」とも呼ばれていますが、過剰に働いているということは、何か間違ったことをしていやしないかが絶えず過剰に気になるということなのです。ちょうど強迫症状と一致するということになるわけです。要するに心配しなくて良いことを心配している状態ですね。
以上述べたように、強迫神経症を理解する上でバランスの良い考え方としては、性格要因と環境要因(この2つを合わせて心因と言いますが)と生物学的要因の3つを全部合わせて考えるとよいのではないかと考えられています。
強迫神経症の治療は一般的には薬物療法と精神療法とになります。主として薬物療法が生物学的要因の解決となって、精神療法が心因を解決していくこととなります。この席では薬物療法について割愛しますけれども、SSRIというセロトニン調節に特化した薬物が主流となって使われています。
さて主題は精神療法ということですが、その中で一番有名なのが行動療法ですね。イギリスやイタリアなどで盛んに行われています。一番わかりやすい行動療法の一つに減感作法というのがあります。あなたの発表の中で、電車に乗れなかったのを少しずつその距離を伸ばしていき慣らしていったという件がありましたがこれが減感作法です。訓練のための訓練です。
行動療法の主流の方法の一つに曝露反応妨害(防止)法(exposure&response
prevention:E&RPと称される)というのがあります。exposureとは曝す事で、例えば不潔恐怖の人に対して汚いものを触らせて(曝露)、その上で手を洗わせない(反応妨害)というやり方です。非常につらい方法です。苦痛のため何割かの人は脱落すると言われていますが、治療効果は高いと言われています。
負の集中練習(negative practice:NPと称される)という方法もあります。手を50回洗ってしまうならば、それなら100回洗いなさいという治療法ですね。気のすむ以上にやらせることによって「もう勘弁してくれ」と思わせて治していくわけです。
それからフラッディングというやり方もあります。曝露法に似ているのですが、極端にいやな場所に放り込むというものです。結局強迫は、曝露させて嫌な場所へ置くことが効くということになるかと思います。
森田療法の臥褥も実はこのフラッディングに近いようなことだと思います。症状が出ている人に引きこもり以上に何もさせない、一切の気晴らしを取り去って膿を出すということですから。森田療法は行動療法と非常に似ていますが、森田療法は訓練のための訓練はしません。畑作業中に犬の糞があったとする。だから行かないでいいかというとそうはいかない。かまわずに作業を続けさせるわけです。嫌な場所であって、しかも手も洗うことができない。曝露反応妨害法にも似てますが、訓練のための訓練ではなくて、自然な形で一連の作業の中でやっていくことなのです。森田療法では緩く長くやっていくことでドロップアウトを少なくし、回り道のようでスムーズに行動療法と同様の効果をあげていくと思われます。
森田療法独自の特長としては、前回の茶話会でも触れましたが、人間性を高めることが期待できることです。集団生活の中で人間として成長して、なおかつ自然に行動療法的な訓練ができるということです。自然な形で行うことによって、よりスムーズにより確実に治療ができるようになるのではないでしょうか。 あなたの治療には1年という時間がかかっていますけど、知らず知らず症状が治まっていると言っていたのはこういうことだったと思います。
あなたの発表は本当に立派な文章で、感動的で上手くまとまっていたと思います。新しく入院されてきた人は、あなたが以前こんなに具合が悪かったのかと信じられなかったでしょう。入院当初の頃は問診中泣いてばかりでしたが、最近は泣き顔を見ることがないですよね。知らず知らずのうちに症状に対して以前よりは余裕が出てきていると思います。後輩にもしっかり指導するなど、人間としても成長してきているのでしょう。だからこの路線をこのまま引き続いてやっていけば良いと思います。
つまり、症状は続くと思いますが目的本位に行動すればよいと思います。「調子が良くて油断せず」「前に謀らず後ろを慮らず」「第一覚」等いろいろ言ってましたが、これらを念頭に置きながら生活をしていけば必ずや症状は克服されていくでしょう。
是非退院してからも頑張って頂きたいと思います。
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