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茶話会 メニュー:
パンケーキ
杏仁豆腐
紅茶
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39歳 男性
対人恐怖症(対人緊張、嘔吐) |
体験発表:
僕は2回入院しています。1回目の入院時に体験発表をしていないため、今回2回分の体験発表をさせて頂きます。
僕の症状は過度の緊張、予期不安、対人恐怖、それにともなう嘔吐ですが、この嘔吐が一番の悩みです。あとは、うつと会食恐怖があり、買い物依存、自殺願望もあります。
初めて症状が出たのは幼稚園のお遊戯会の時でした。だんだん僕のクラスの発表が近づいてくると心臓がバクバクし、手は汗でびっしょり、口がカラカラに渇いてしまい、上手に出来るか緊張と不安になり、ついにその場で嘔吐してしまいました。それが緊張と不安による嘔吐の始まりです。そしてそれが小学校まで続き、体育大会や健康診断等の何か行事があるたびに嘔吐していました。
また、僕はもともと左利きを右利きに矯正させられたのですが、「お箸」を上手に持てないので、毎日両親や学校の先生に叱られたり、クラスメイトに笑われたりしたため、それからだんだん人前で食事が出来なくなってしまい、会食恐怖になりました。
中学・高校時代は緊張と不安が強く、食事を摂らなければ吐かないだろうと思い、朝食・昼食は食べなくなりました。ですが暴走族やチンピラ時代には、僕自身が強気になったためか症状は殆ど出ませんでした。
しかし、社会に出てから仕事と人間関係で悩み始めて、以前より症状がひどくなり、肉体的、精神的に疲れてしまい、そのため精神科に通うようになりました。しかし色々な病院に通っても、どんどん薬が増えるばかりで症状に変化はありませんでした。生きていくのが、こんなに辛いのなら死のうと思い、眠剤を多量に飲み、ウイスキーを一気飲みし、家の風呂場でリストカッティングをしましたが発見が早かったため、助かりました。それから引きこもりになりました。
そして自分でなんとかしなくてはと思い、対人恐怖があるためあまり人と接しない仕事を探し、深夜のラブホテルのフロントなどをしました。しかし、いつまでもフリーターを続けるのは良くないと思い、30歳の時に医療関係の専門学校に入学しました。症状があったため、なかなか授業についていけず、何度か退学を考えましたが何とか国家試験は合格できました。
その頃思いついたのが「アメ」をなめるということです。アメをなめると少し緊張、不安がとれ、嘔吐しなくなりました。しかし今度は逆に口渇して緊張と不安になってしまい嘔吐しそうになるため、ドリンクを持ち歩いています。今でもアメとドリンクは欠かせません。僕の嘔気は毎日。夜眠っている時以外殆ど緊張と不安があります。そして、突然緊張不安がピークになり、その場で吐いてしまう事で周りの人に迷惑をかけてしまいます。僕は眠っている以外、殆ど緊張と予期不安と嘔吐が頭の中に居座り辛いです。
僕と森田療法の出会いは、僕の病気を心配して友人がインターネットで探してくれたことです。近くの病院でやっていると聞いたので、すぐに外来で診察してもらいました。ところが、ロールシャッハテストだけで、「あなたは森田療法に向いていない」と言われ、断られてしまいました。そのため、今度は自分で「森田療法」で検索したら、三島森田病院が一番最初に載っていたので、最初の外来診察で、森田療法がどんなものなのか殆どわからず入院の日を決めました。
1回目の入院の臥褥では、第1日目、第2日目はただ体を休め何も考えず楽な気持ちでした。ですが緊張と不安があり食事は殆ど食べられませんでした。3、4日目は仕事をしていた頃の悪いことばかり考えてしまい、嘔吐もしてしまいました。食事も殆ど食べられませんでした。5、6日目は今後の不安で一杯でした。これから良くなるのかそればかり考えてしまいました。7日目は皆と仲良く出来るのか、これから何が待っているのだろうと不安で食事が摂れませんでした。結局1週間緊張と不安で殆ど食事が摂れず、入院時より7kg痩せてしまいました。
しかし作業期になると、家では嘔気・嘔吐がひどかったのに病棟や畑作業では殆ど症状は出ませんでした。自殺願望も殆どありませんでしたが、ストレスがたまり通信販売で買い物をしてしまう様になってしまいました。
先輩患者さんから素手で土に触るといいよと言われ、土や野菜に触れているうちに自然と気分が落ち着き癒されました。なので僕は殆ど素手で土や野菜に触れていました。指導員さんにほうれん草など野菜をそのまま食べてみればと言われ、食べてみると甘くておいしかったです。入院中、緊張や不安が少しずつ減ってきたのを実感しました。僕達の植えて育った野菜を販売し、完売した時は嬉しかったです。段々食欲も出てきて三食食べられるようになりました。外食も出来るようになりました。少し緊張しますがバスや電車にも乗れる様になり、床屋にも行く事が出来る様になり、買い物では店員さんと話せるようになりました。
ここで僕の心に残った言葉を挙げてみます。
・目的本位に行動する事
・症状は苦しいものだが徐々に楽になる
・逃げずに正しく行動していく事
・吐いても死なない
・症状があっても行動を前進させればよし
・不安心即安心
・症状の良し悪しに一喜一憂しない
・調子が良くて油断せず悪くて悲観せず
・症状を大事にせず友達として付き合っていく事
・忍耐
こうして4ヶ月で退院し、すぐに以前勤めていた会社に行くようになりました。1回目の入院の退院時、内山先生に「最初は半日程度の勤務が望ましい」と診断書に書いてもらったのですが、実際会社に戻ってみると半日勤務は良いが、倍の仕事をこなすように言われてしまいました。復帰1日目から4日目にかけて段々恐怖突入が強くなり、毎日車中で嘔吐が出る状態でしたので、4日目で会社を辞めてしまいました。それで1回目の入院の退院から約1ヶ月後に再入院しました。
2回目の入院の臥褥は5日間でしたのでとても気楽な気分で入りました。3日目からまた本当に良くなるのだろうか、この先どうやって生きていけばいいのかと思い始めました。3日目から5日目の朝、洗顔時嘔気が出てとても辛かったです。5日目は「頑張ろう」という気持ちが少し出てきました。
2回目の入院はどん底からの再出発で無気力・無関心の状態でしたので這い上がるのに大変でした。頭の中では「よし、やるぞ」と思っていたのですが行動が付いていかず、そのため少し消極的でした。朝の洗顔時に嘔気が出る様になりました。そして記憶障害なのか、30分前に言われた事をすっかり忘れてしまったり、ひどい時にはクスリを飲んだかどうかも忘れてしまう時もありました。自殺願望もありましたが、それは症状からの逃げだと思います。畑作業に出ると、1回目の入院で経験済みの所は新人さん達に経験させてあげて自分は身を引こうと思い、あまり積極的になれない所がありました。これも逃げだと思います。集団療法と茶話会の時間は、いくら出席しても緊張、不安が高いため、アメとドリンクで症状を抑えています。
僕の好きな畑作業は「荒おこしと開墾作業」です。キツイ仕事ですが、作業中無心になり症状など忘れる作業でした。収穫して販売したのに売れ残りがあった時には残念でした。指導員さんから畑や野菜作りなど色々教えて頂き大変いい勉強になりました。本当に良くなったか解りませんが、森田療法は社会に出てから、本当の森田療法と聞いたので頑張ろうと思います。そして症状から逃げない様に頑張り、症状とは友達として付き合っていこうと思います。
2回目の入院ももうすぐ2ヶ月になりますが、来週退院の予定となりました。ありがとうございました。
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主治医のコメント:
緊張しましたか?私も学会発表の時は緊張します。のどからかすれた声が出るような、声が切れていくような気がします。特に最後一枚の原稿がきついです。あなたは吐き気のありそうな様子はなく、所々つかえましたが、他の発表者もつかえることがあるからそれは気にしなくていいです。発表することによって自由になれたと思います。よかったですね。
あなたの症状は緊張、予期不安、対人不安、嘔吐です。これは一言で対人恐怖です。嘔吐がきつくてもそれは対人緊張に基づくものなので、対人恐怖でいいと思います。食欲不振もありますが、食べ物を受け付けない、食べたいけど食べられないわけですから、拒食とは違います。特に人前で食べられなくなるのを「会食恐怖」と言います。
最近は欧米では[社会不安障害] Social Anxiety Disorder (SAD) と言いますが、それは日本の「対人恐怖症」のことです。ただこの二つは全く同じではありません。対人恐怖には軽症と重症があり、軽症のものがSADとほぼ同じです。重症の症状には妄想的確信があり、そこが軽症とは違います。
アメリカにおけるSADの生涯有病率は13.3%で、うつ病は15%という統計があります。欧米では今までSADは注目されてきませんでした。「相手の呼吸を読む」、「阿吽の呼吸」という感覚が欧米ではありません。欧米ではSADのために受診する機会は他の病気ほど多くなく、だから数字に表れませんでした。瞬間有病率はSADが1〜4%、うつ病が5%。生涯有病率はSADが13.3%、うつ病が15%です。
欧米でのSADの治療ガイドラインは
@薬物療法
A認知行動療法、です。
SADは社会的状況に左右されやすいわけですから、薬物療法より森田療法等の認知行動療法が有効だと思います。
認知行動療法は(1)不安への対処:自律訓練法等
(2)社会技能訓練:人前でしゃべる練習等
(3)認知の再構築:不安状況の過大評価や自己の過小評価の修正
(4)不安の暴露:わざと不安な状況に直面させる
、です。細かく仕上げていくのが認知行動療法、全体的に仕上げるのが森田療法、とも言えると思いますが、認知行動療法と森田療法は似ていると思います。
あなたについて目新しいのは二回入院したことです。二回入院した患者は多くはありませんが、いなくもありません。私の12年の経験では、25日以上入院した125人のうち10人程度の顔が思い浮かびます。
森田療法はひとたび習得すればいいと言われます。森田療法は生活改善というものではなく生き方の改善であり、神経症に合った生き方、症状にならない生活パターンを習得するためのものなのです。
そうは言っても、実際10%程度の人が再入院しているのはなぜでしょうか。
@森田療法を忘れる
A不充分なまま退院する、の二つが考えられます。
@は、20才で森田療法を行い、その後ずっと調子が良かった。ところが50才近くになって症状が悪化し再入院になった方が、その例です。Aは森田療法を身に付けてはいないが、症状がないから退院してしまう、という場合です。あなたの場合も1回目の入院の時、就職が決まったこともあり、治療プログラムの途中だったけど逃げてしまった。つまり体験発表を苦にして早く退院してしまいました。その辺を打破していかなくてはいけません。今回2回目の入院で前回の不足分を補ったと思います。
森田療法で一番重要なのは、症状を評価せず行動を評価することです。そこがあなたの課題でもあります。「吐かずに食べれてよかった」ではまだ甘い。吐く吐かないは結果です。茶話会に出ることが重要。吐いても吐かなくてもとにかく出席すればよい。それができれば社会でやっていけます。退院してからが本番です。吐いても吐いても前に進む。対人恐怖の人は一度ケチがついたらうまくやっていけない場合が多いが、あなたはこの2回の入院の経験で困難に立ち向かう心構えを学んだと思います。これから全く新しい職場で心機一転スタートするわけですが、健闘をお祈りします。
きょうはおめでとうございます。退院後も森田療法を継続してください。
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