体験発表



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体験発表者:
      22歳 男性  浪人生

      対人恐怖症・
      強迫神経症(強迫観念症)
            

体験発表

 三島森田病院入院前の私の主な症状は、対人恐怖、雑念恐怖、精神病恐怖です。
 対人恐怖の症状が出始めたのは、小学校4年生の頃です。クラスの班長決めに落選した後、学級会で私の性格、振る舞いなどを集中的に非難された事がきっかけです。それ以来他人の思惑が過剰に気になるようになり、人とうまく関わることが出来なくなってしまいました。

 雑念恐怖の症状は高校時代に出始めました。学業で落ちこぼれてしまい、自分の記憶力に劣等感を感じたため、記憶術や勉強法に関する本を読み漁りました。しかし、そのような本を読めば読むほど、実際に勉強している時に、「このやり方で学力が伸びるのだろうか」、「そもそも頭が悪いからいくら勉強しても無駄なのではないか」などの雑念に襲われ、勉強に手が付かなくなりました。

 精神病恐怖は大学2年の頃、通院していた病院の先生からある診断をされてから顕著に出始めました。診断にショックを受け、鬱屈した気分を抱え自宅にこもりがちになったのですが、その頃精神病の疑いのある人物による事件のニュースをテレビや新聞で複数見かけ、自分も突発的に何かしでかしてしまうのではないかという恐怖に襲われるようになりました。

 以上のような心理的な症状に付随して、息苦しさ、顔のこわばり、頭内もうろう感、吐き気などの身体的な症状も出ていました。

 たまりかねて通院していた病院に入院しました。入院中に受けた心理テストの結果から、正式に神経症と診断されました。その後森田療法に関する本を読み、三島森田病院を知り、症状を治したいという一心で入院を決意しました。

 臥褥に入り、初めは遮断の環境に入れたための安心感と、森田療法で絶対に全治して退院するんだという希望に満ちていました。しかし、すぐに過去への後悔と将来への不安が頭の中を廻るようになり苦しみました。終盤になると、本当に森田療法で症状が快方に向かうのだろうかという不安と、臥褥が明けてからの作業や集団生活に対する恐怖を感じ、息苦しさや吐き気を覚えました。

 臥褥が明けて軽作業期に入り、歩道の草取りをしました。もともと私は行動が遅く、人から「マイペース」と言われることが多かったのですが、ある森田療法の本に間髪を入れない動きが大切だと書かれてあったので、あれこれ考えずにきびきびと動くよう心掛けました。素早い動きの積み重ねを徹底すれば、症状など眼中になくなるのではないか、あるいは症状が完全に消失するのではないかと考えたからです。

 重作業期に入り、朝夕の掃除と木工作業、畑作業が入ってきました。毎回森田の先輩から仕事を丁寧に指導していただいたのですが、そこで私は、仕事が正確に覚えられるだろうか、ミスをしないだろうか、わからないからといって尋ねたら迷惑がられるのではないだろうかという観念に襲われるようになりました。また、このように物覚えが悪く、対人場面での不安や緊張が強いのは、神経症ではなく他の重い精神病が原因なのではないかとも考えました。毎回作業に出る前に自室で吐き気を催し、実際に嘔吐してしまうこともありました。

 これらの観念、雑念、身体症状を抱えたまま、思い切って英語の勉強を始めてみました。先生からは日記のコメントで、「(雑念が)あってもなくてもとにかく読んでみることです」という言葉を頂き、すぐに実践しました。物思いにふける時間を極力なくし、暇さえあればすかさず参考書に手を伸ばしました。

 重作業期に入って2週間程経った頃から、段々と作業や集団生活に慣れてきたため心に余裕が生まれてきました。わからないことはすぐに森田の先輩や指導員さんに尋ねました。また、勉強する習慣が身に付いたためか、雑念があまり湧かず勉強に集中できるようになりました。この頃は、自分は何の病気なのだろうかなどという考えは浮かばず、毎日絶え間なく動き、日々があっという間に過ぎてゆきました。

 入院から2ヶ月程経った頃には、症状がほとんど出なくなり、薬も減り、外泊をするようになりました。しかし、3回目の外泊で、突然家族や周囲の人の思惑や視線が気になり始めました。また、外泊から帰ってきてからは、調理担当を任されていた茶話会が近づいてきたこと、その週は自分がリーダーだったこともあり、精神的負担がかかり、息苦しさ、顔のこわばり、頭内もうろう感、食欲不振などの症状が一気に出てきました。

 症状のために会話が非常に苦痛で、茶話会の料理について皆さんに相談することもできず、また、突然これほど症状が悪化するのは、やはり重い精神病が原因ではないかという考えが湧き、勉強は寝ながらリスニングCDを聴くぐらいしかできませんでした。先生からは問診で、「今までは調子が良かったからできて当たり前。これからが本当の森田療法」との言葉を頂きました。その後、リーダー、茶話会が終わるまではただただ苦痛を耐え忍んでいただけでした。

 それ以降、やや落ち着いてきたものの症状は続きました。しかし、対人的な不安や緊張を抱えたまま作業に入っていき、雑念は浮かぶままに勉強しました。また、自分が神経症なのか他の病気なのかなどということは気にならなくなりました。たとえどんな症状があったとしても、それなりに行動できるということに気付いたからです。

 退院を間近に控えた今、森田療法で最も共感できる言葉は、「不安常住」です。「症状常住」と読み替えることもあります。私にはやむにやまれぬ向上心があります。退院後の生活に不安が募りますが、絶えず向上発展していくためには不安はつきものであり、往生するしかありません。他の症状についても同様で、症状そのものを治すということはある程度諦めて、苦しくても目前の必要なことに手を出していくしかないのです。入院約4ヶ月を経て学んだことは、このように単純でごく当たり前のことかもしれませんが、私にとっては大きな進歩です。

 最後に、このような大変貴重な体験をする機会を与えてくださった三島森田病院の方々、内山先生、指導員さん、病棟スタッフの皆さん、そして森田のメンバーの皆さんに感謝したいと思います。ありがとうございました。


講話

 緊張するかと思いましたが、非常に朗々と流れるように発表できたと思います。私も若い頃、学会発表で原稿を読んで緊張し声が出なくなるのではと思った事があります。発表がようやく終わり、同僚に声がかすれていたかどうか聞くと、声が大き過ぎたねと言われてしまったことがあります。他人には自分の症状はわかってもらえません。自分だけが自分の苦しみを知っている。それが対人恐怖の本質かと思います。

 さて、あなたの発表の内容はよくまとまって隙が無く、論理的な構成で、学会発表の様な文章でした。頭が悪いとか、記憶力が無いと言っていましたが、決してそんなことはないことは今日の発表が証明しています。
 内容ですが、対人恐怖、雑念恐怖、精神病恐怖と自分の症状を観察していましたね。雑念恐怖とは、大事な事をしようとすると余計な考えが出てきてしまう、例えば、勉強をしなければならない時に余計な考えが出てきて勉強の邪魔になってしまうという症状です。精神病恐怖は、自分は気がおかしいのではないか、発狂してしまうのではないかと考える、つまり実際には精神病ではないのにそう思ってしまう症状です。真の精神病は病識がないと言われていますから、むしろ自分が精神病ではないかと思っている人は精神病ではない証拠とも言えます。では精神病ではないなら何であるのかというと強迫神経症の一種です。 

 最近の国際診断基準であるICD−10では、対人恐怖症は社会不安障害と呼ばれます。雑念恐怖と精神病恐怖は強迫性障害と呼ばれます。つまりあなたは3つの症状について2つの疾患があるというわけです。実は、森田正馬はこれら全部をまとめて「強迫観念症」と呼んでいます。ここに森田正馬の卓越した目があるといえます。
 社会不安障害と強迫性障害という2つの疾患があるというよりも、強迫観念症という1つの疾患で表現しているわけです。元々社会不安障害と強迫性障害は共通する部分が非常に大きくて、分類すれば分類できるが元来2つ合わせて1つの疾患としてもいいような要素があるということを森田正馬は百年前に見抜いていたわけです。
 それではどういったところが共通するのかというと、森田の言葉でいうところの「思想の矛盾」、つまり何々しなければならないという思いが非常に強く、理想主義である点です。すなわち理想と現実の矛盾と言ってもいいです。

 あなたの場合、対人恐怖においては、人前では立派にふるまわなければいけないとか、学級委員に立候補するならそれに相応しい立派な人物にならなければいけないとか、勉強するのであれば完璧に覚え込まなければいけないとか、そうした思い込みというか理想主義が「思想の矛盾」です。
 雑念恐怖においては勉強がはかどらなければいけない、はかどるはずだという思い込みが思想の矛盾です。精神病恐怖においては自分が健康でなければいけないという思い込みが思想の矛盾です。

 その前提となっているのは性格要素です。神経質性格、いわゆる森田神経質ですね。第1に完全主義です。完璧にしたいという気持ちが強いということです。
 第2に、心配性あるいは取越苦労です。自分は優れているはずという自尊心が強いと、少々の失敗でも自分はだめではないかと心配となる。つまり過度に心配していくということです。
 本当はある程度できるのに、ちょっとした欠点を過大評価して悲観してしまうマイナス思考の性格です。 第3に「心気」です。森田療法では「ヒポコンドリー性基調」と言いますが、身体のことを過度に心配する性格です。その性格があると、息苦しさ、顔のこわばり、頭内もうろう感、吐き気などといった症状が気になります。これらの症状は一見内科的ですが、検査上異常なく、神経的、精神的な症状です。 

 あなたにはこうした性格要素が全部あるでしょうか。こうした性格要素から強迫観念症という症状が発現したということになります。身体のことを過度に心配するのは森田の普通神経質とか発作性神経質とか言われる症状の人に多いです。

 入院治療の過程ですが、これも非常に典型的な経過ですので皆さんの参考になると思います。
 臥褥中は最初安心感とこれで治るんだという希望に満ちていた気持ちと言っていましたが、これが安静期にあたり、安心した気持ちが得られる時期です。
 続いて煩悶期ですが、だんだん臥褥の日が進んでくるとやる事がなくなりいろんな不安が出てくる。よくある不安は“症状がよくなるだろうか”という不安と、もう一つは“入院生活への不安”です。あなたにはこの2つの不安がありましたね。典型的な場合、その後退屈期があり、次第に退屈になって来るのですが、退屈はある人ない人がある。これは別にどちらでもいい。煩悶があったということで典型的な臥褥といってもいい。
 そして、臥褥が明けて作業期に入りました。間髪を入れない動きということでとにかく動くようになりました。
 @行動本位、目的本位という生活ができるようになりました。これが当初の2ヶ月位ですか、この時点で症状が良くなったと思ったとのことですね。ところが外泊をして、その後茶話会の調理担当となり、作業のリーダーが重なりました。重なる時は重なるものです。環境的負荷が重なって、また症状がどっと出てきたということですが、これもよくあることなのです。この時期に症状が悪くなって良かったと思います。この時期がないとむしろ本当の森田を得られなかったと思います。
 Aそこで学んだのはただただひたすらに忍耐してやることをやっていくということ。すると何が分かってきたというと森田の言葉でいう「不安常住」、「症状常住」ですね。

 @とAの違いは何かというと、@では症状が完全に良くすることを目指していた。完全に良くなるために目的本位の行動をして行ったということですが、本当の森田療法はそうではない。症状を治すために行うのではないということ。むしろ症状があっても行動できる自信をつければいい。そこに@とAの違いがあるわけですね、症状を完全に良くしようとする@と、症状があってもいいから行動できればいいというAの違いです。

 森田療法というのは、症状とか感覚が楽になるということを目指すという治療ではありません。症状があっても行動できるように、あるいは社会適応できるようにということを目指している。
 では、いつまで苦しくても社会で生きていけばいいのか、我慢すればいいのかというと、ここから先が森田療法の卓越したところで、場数を踏むというふうに昔からいいますが、症状があっても行動して行くことを百回やれば、結果として楽になっていくものです。
 ただし、楽になれるのは最初ではなく最後に得られるものなのです。50歳、60歳になってから得られるといってもいいかもしれません。あるいは得られないかもしれない。しかし、それでもだんだん楽になってくるというのか、道筋としてはある。だから森田療法は効果があると言えます。ただその時、症状をなくそうと目指してはいけない。あくまで症状があってもいいと思うと治るわけです。楽になるのは結果であり、ご褒美であり、おまけである。そう思わないといけないと思います。

 森田療法の言葉で「外相整いて内相自ずから熟す」というのがあります。外相を整えるのが第1段階で、内相が熟すのが第2段階です。同時ということがない場合も多いかと思います。
 あなたの場合は、当初の2ヶ月間、第1段階として畑へ出て「目的本位」の行動を得られたわけです。これが「外相整いて」です。しかし、真に症状を克服したと言えるのは、入院の後半に第2段階として「不安常住」を得られたときです。これが「内相自ずから熟す」ということなのです。

 今後退院した後も、苦難を百回繰り返さなければ決して楽にはなりません。症状があってもかまわずそのまま行動して行く積み重ねが大切だと思います。その時に症状を諦めるというか、割り切るというか、そういう気持ちでやっていくしかないということです。諦める気持ちを何と言うかというと、それがいわゆる“あるがまま”ということなのです。

 諦めると楽になり道が開けてくる。ただ、諦められないというのが神経質の性格の特徴です。諦めなくてもいいのです。とにかく症状があってもなくても行動していくという、それの繰り返しですね。

 私も若い頃学会発表で緊張しました。不思議に緊張しない時もありました。治ったと思うと、次に発表するとまた緊張するのです。それを何十回と繰り返していくうちにそういうものだと思うようになってくる。私は今でもどういう場であっても緊張するのかもしれないと常に思ってやっています。常に思っているが、緊張してもやるしかないという気持ちを終生忘れずにやっていこうとすることが大事なことだと思います。