紹介







    <温かい人間関係> 〜人の良いところを見つける〜


 どんな人でも周囲の人々と温かい人間関係を築きたいと望んでいます。また、仲良くしたいと思っている相手に対しては、比較的相手の良いところに目が行きやすいため、良いところを見つけたり、認めたりすることは大変なことではありません。

 しかし、ここで問題になることは「どうも苦手だな」「相性が悪いかな」と感じている人との関係です。世の中には残念なことにどうしても仲良くなることができない人がいるものです。
 また、矛盾しているようですが入院生活などの共同生活の中では、相性が悪いからといっても避けられない人間関係も存在します。したがって、相性が悪い人や苦手意識を持ってしまっている人と同じグループ(集団)になると、その人との人間関係について悩んでしまいます。
 相手の『イヤだな』と思うところは、やはり大変気になります。また、苦手な人の良いところを見よう(見つけよう)とすることは理屈でわかっていても難しいものです。

 生活技能訓練(SST)のトレーニングの中には、相手の着ているものやちょっとした行動などをほめるという訓練があります。服装や髪型のような外見の良いところを見つけ、ほめることから始めることも大切になります。「いいTシャツですね」「その髪型カッコイイですね」など、ほめやすいところから練習をします。

 温かい人間関係を築くことをあきらめてしまうのも、やむを得ない選択かもしれませんが、できれば『人と人との出会い』(一期一会)を大切にしたいものです。


           ≪咎める心よりほめる心≫

 相手の欠点や失敗を言ったり中傷したりするよりも、人の良い所をほめる方が相手も自分も楽しくなるのは当然のことです。

       −すべての人には長所と短所があります−

 自分の目に相手の長所が映るのか、短所が映るのか、それは相手の問題ではなく、自分の『心の目』がどちらに反応する目なのか、そこが問題になります。

 ほめる心を持つ人には周囲に友人や協力者が集まり、そして自分のことも好きになれる人です。咎める心よりほめる心を持ち、多くの人に自分のことを好きになってもらいたいです。







 先日、新しい家族が増えました。

 息子夫婦は、以前まで近くのアパートでの生活をしていましたが、夫と二人で生活してきた我家に越してきまして賑やかになりました。

 息子の子供(私からみて孫)は4歳になる元気な女の子で、もうすぐ幼稚園に入園します。

 私が仕事に出かける時「いってらっしゃい!」と笑顔で手を振ってくれ、仕事から帰ると「おかえりなさい!」と玄関まで走って出迎えに来てくれます。

 時代の流れをつくづく感じます。

 自分も何十年??昔にはお婆ちゃんがいて、お爺ちゃんがいて親がいて自分は子供で兄弟がいて・・・と。

 時は流れて息子にも子供ができて、私はお婆ちゃんと呼ばれる身になりました。

 いっときいっときを大切に生きることがいかに大事なのか・・・静かに物思いにふける時よりも、逆に孫がはしゃいで遊んでいるのを目を細めて眺めている時に強く思うところです。

 健康であることに感謝し、これからも自分に与えられた天職(自分ではそう信じている)である看護の道を、これまで培った知恵と知識と経験を生かした仕事を頑張ってゆきたいと思っている。
 





 デイケアで看護師しています。これといった趣味もないのでデイケアで感じたことを書かせてもらいます。

三島森田病院にも「かたばみの会」という家族会ができました。家族会のもつ意義は常々考えていましたので、先日デイケアでも家族会までは行かなくても、家族親睦会的なものを開いたらどうだろうとメンバーに聞いたところ答えはノーでした。

えーどうして?とみなに聞いたところ診察にいつも家族がついてきてくれるのはありがたいけれど、家族の愚痴もこぼせないということもある。そうして具合が悪いと先生と家族のほうが気が合ってしまうようだとか、高齢の家族を心配させたくないからと病状の苦しさをあまり話さないとか、家族に内緒で通っている人もいるようです。

そこで私たちは決してみんなのことを家族に言いつけたりするわけではないこと、私たちの目的は家族の人にみなが理解される手助けをしたいこと、すごしやすい環境作りをしたいこと、そのためには家族と面識があったほうがいいし、また家族の方とのかかわりあいにおいては、どういうときに家族がメンバーに手を貸し、どういうときにメンバーに任せて責任と向き合ってもらうかということを私達は一緒に考えたいと思っているなどと説明しましたがやはり答えはノーでした。

えー?みんな家族とのことで困ってることあるんじゃないのと再度しつこくたずねましたがみんなは良い顔をしません。

デイケアを家族と切り離した場と考えたいということが皆の表情から伝わってきました。

三島森田病院のデイケアは他病院の人たちも利用しているので家族の人と1回も会ったことのない人もいます。けれどメンバーのノーを聞いてひとつ学びました。

メンバーがデイケアをどうとらえているかということです。

家族と切り離した場としてとらえたいと言うことはデイケアではメンバーを個人の人格として扱ってほしいということだと思いました。

メンバーにとって環境要因は決して少なくないだろうし、家族とかなりの軋轢を抱えている人もいると思われますし、包括的なケアを考えると多方面からの情報や家族との関係は私たちスタッフにとっても大切なものと考えますが、今はメンバーの気持ちを大切にしたいと思いました。

自分で選択して、自分の意志で、自分の交通手段で、自分のお金で通ってきているデイケアです。他者の意思では決して通えないところです。

メンバーの家での顔は多分デイケアの顔とはちがうものであると思われますがデイケアに来所したときからプログラムに懸命に取り組み、時に笑顔で語り合います。

デイケアはこの日中の顔を大切に考えようと思います。本当にたまにしか顔を覗かせない人もいます。他病院から突然くる人もいます。みなの通う目的もさまざまです。デイケアにきてほっとする人もいるでしょうし、いるだけでやっとの人もいると思います。でもデイケアという場所では本人を尊重し、本人の持つ力を大切に、自信を回復して大きく膨らむ手助けを何とかできたらと思います。





 
          親切という名のおせっかい
          そっとしておく おもいやり
                  相田 みつお

 今までずっと、「私ってなんて思いやりのある人間なんだろう」などと、ずうずうしいことを考えていました。が、実はとんでもない「おせっかいばばあ」だったのかもしれません。

  自分と同じ感覚の人を探すのはとても大変で、この世は自分と価値観の違う人間だらけということを考えもせず、困っていると聞けば頼まれもしないのにあれこれいらぬ心配をし、問題解決のためにあらゆる方法を考えお膳立てをする。もちろん悪気があったわけではないし、良かれと思ってやっていたことだけど、相手にとってはずいぶん負担だったのではないかと思います。

 何かをして「あげよう」とか助けて「あげよう」とか、そういう「あげよう」の気持ちは「おもいやり」ではなく「親切という名のおせっかい」だったのかもしれません。

 その人がその人らしくいられるためにはどうしたらいいか?それを考える。

 相手のペースを大事にし、自分といるときもその人がその人のペースでいられること、そして見守ること。
 時間や空間を共有すること。
 それが「そっとしておくおもいやり」なのかもしれません。

 思いやりのある人間になれるよう努力していこうと思う今日この頃です。とりあえず「脱・おせっかいばばあ」