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デイケアで看護師しています。これといった趣味もないのでデイケアで感じたことを書かせてもらいます。
三島森田病院にも「かたばみの会」という家族会ができました。家族会のもつ意義は常々考えていましたので、先日デイケアでも家族会までは行かなくても、家族親睦会的なものを開いたらどうだろうとメンバーに聞いたところ答えはノーでした。
えーどうして?とみなに聞いたところ診察にいつも家族がついてきてくれるのはありがたいけれど、家族の愚痴もこぼせないということもある。そうして具合が悪いと先生と家族のほうが気が合ってしまうようだとか、高齢の家族を心配させたくないからと病状の苦しさをあまり話さないとか、家族に内緒で通っている人もいるようです。
そこで私たちは決してみんなのことを家族に言いつけたりするわけではないこと、私たちの目的は家族の人にみなが理解される手助けをしたいこと、すごしやすい環境作りをしたいこと、そのためには家族と面識があったほうがいいし、また家族の方とのかかわりあいにおいては、どういうときに家族がメンバーに手を貸し、どういうときにメンバーに任せて責任と向き合ってもらうかということを私達は一緒に考えたいと思っているなどと説明しましたがやはり答えはノーでした。
えー?みんな家族とのことで困ってることあるんじゃないのと再度しつこくたずねましたがみんなは良い顔をしません。
デイケアを家族と切り離した場と考えたいということが皆の表情から伝わってきました。
三島森田病院のデイケアは他病院の人たちも利用しているので家族の人と1回も会ったことのない人もいます。けれどメンバーのノーを聞いてひとつ学びました。
メンバーがデイケアをどうとらえているかということです。
家族と切り離した場としてとらえたいと言うことはデイケアではメンバーを個人の人格として扱ってほしいということだと思いました。
メンバーにとって環境要因は決して少なくないだろうし、家族とかなりの軋轢を抱えている人もいると思われますし、包括的なケアを考えると多方面からの情報や家族との関係は私たちスタッフにとっても大切なものと考えますが、今はメンバーの気持ちを大切にしたいと思いました。
自分で選択して、自分の意志で、自分の交通手段で、自分のお金で通ってきているデイケアです。他者の意思では決して通えないところです。
メンバーの家での顔は多分デイケアの顔とはちがうものであると思われますがデイケアに来所したときからプログラムに懸命に取り組み、時に笑顔で語り合います。
デイケアはこの日中の顔を大切に考えようと思います。本当にたまにしか顔を覗かせない人もいます。他病院から突然くる人もいます。みなの通う目的もさまざまです。デイケアにきてほっとする人もいるでしょうし、いるだけでやっとの人もいると思います。でもデイケアという場所では本人を尊重し、本人の持つ力を大切に、自信を回復して大きく膨らむ手助けを何とかできたらと思います。
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