らんぼうの連載記事
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みなみらんぼう
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経済の成長とそのための効率化ばかりを求めてひた走ってきた二十世紀の私たち。だが、そうした社会が、自然環境や制度、組織など多くの面で行き詰まりを見せ、人の生き方も転換を余儀なくされている今日にあって、個人としての私たちはまず「人生の時間の過ごし方」を再考しなければならなくなっているのではないか。
二十一世紀型の「人間らしい」社会や暮らしにとって、「休暇」や「休日」はどうあれば望ましいのか――。
 まずは多忙な仕事の合間をぬって登山を始めたことで「自己回復」が図れたというみなみらんぼうさんに、自然に触れる喜びと、「歩く速度で暮らす」生き方の“豊かさの実感”を聞いた。 

再開した山歩きで自己を回復する 
――NHK教育テレビの『中高年のための登山学』をはじめ、山岳雑誌の連載や山をテーマとした本の出版と、すっかり“登山家らんぼう”というご活躍ですが、山登り、山歩きをされるきっかけは何だったのでしょう?
学時代から山には登っていまして、大学時代もぼちぼちとは山に行ってたんですよ。その時分に、おそらく種が蒔かれていたんでしょうね、それが歳をとってから芽を出した。そんな感じかな。
 四十歳くらいでしたか、忙しかった仕事もピークを過ぎたのかなと思った時期がありまして、これからの自分は何をやるべきなのか見つめ直さざるを得なかった。年齢的にも人生の折り返し地点をターンしたことになるし、これから下り坂になるのかとちょっと悩んだりもしましてね。
んなときに、まだ幼かった娘たちに「お父さんはアマゾンとかキリマンジャロに行きたかったんだけど、君たちは大きくなったら何になるのかな?」と何気なく尋ねたら、答えたあとに今度は逆に「お父さんは、もっと歳をとったら何になるの?」って聞き返されてね(笑い)。
 四十歳を過ぎ、五十歳が近くなると、ふつうは夢とは縁遠くなってしまう。夢というのは少年のときにだけ見るもので、達成する場合もあるだろうけど、たいていは青年になると現実に押し流され、どこかに消えていくものだという認識があった。
かし「もっと歳をとったら何になるの?」と問われてみれば、たしかに「夢は遠い昔のもの」と勝手に決めつけているだけで、要はヤル気じやないのか、いまからだってやれるんじやないかという気持ちになった。
  そこで見えてきたのが、もともと好きだった山なんです。蒔いてあった種が発芽したんでしょうね。結局その後、夢見ていたアマゾンには六回も行き、キリマンジャロにも五十五歳のときに登ることができました。
 陽水や拓郎ほどじやないけど(笑い)、仕事で忙しく過ごした若い時分には、余暇とかはあまり考えなかったけど、結果として、山へ何度も行くことで、何ものにも代えがたい時間を手に入れたと思いますね。
の問には、テレビ番組で登山家の岩崎元郎さんについて、さまざまな技術や本格的な装備知識を吸収させていただいて、ますますのめりこんでいった。僕の場合、「歩く」というのは移動の選択肢ではなくて、生き方そのものだから、山のリズムにはまったんですね。
山は直線的ではない生き方そのもの
――らんぼうさんの場合、山に登る、山を歩くというのは、単なる余暇の過ごし方のひとつというのではなく、一種の「自己回復」だったというわけですか?
うですね。昔から僕は人生を旅にたとえていまして、人生を飛行機で行く人もいればクルマで行く人もいる。しかし僕は歩いて行くタイプだと思っていました。
 そういう生き方のことを、今は「スローライフ」というらしいけど、僕はずっと“らんぼうウォーク”って呼んでいたんですよ。ゆっくり歩いて行く、笹薮があったり坂道もあったりするかもしれないけれど、直線的ではない、曲線を描きながら生きる、そういう人生の歩き方があってもいいじゃないかとね。
の代わり、メインストリームを突っ走っている人たちには見ることができない風景を見て、空気を感じることができる。そこで得た、ささやかかもしれないけれど温かいものを、唄やトークや文章で伝えていこうと考えてきた。それがル“らんぼうウォーク”の本質だと思っています。そんなぶうに思って進んできたかたちが山に集約されたといえますね。
しかに初めは仕事の合間の山行だったけど、いまは徹底して山優先。山行のあいだに仕事をするスタイルになっちゃったね。マネージャーは不満をもらすけど(笑い)。
しかしそこに自分の後半生の生きざまがあるわけだから、それでいいんです。
――歩く速度で生きるというスタイルはご家族やファンにも伝わっていますか?
ンサートのトークでもいつも話してきましたから、ファンの方たちも共感してくれていると思いますよ。子どもたちとは、どう触れあってきたかといえば、たとえば八ヶ岳に連れて行って、木に登って胡桃を取らせ、土に埋めて掘り出させてという縄文時代からのやり方を真似て、胡桃あんの入ったお餅づくりをさせたりした。
  僕のおふくろがよく作ってくれたのですが、そんな体験をした娘たちが大きくなって、「胡桃餅を作ってあげようか」なんていってくれる。みなみ家の味を僕が娘たちに伝え、その味を知った娘たちが父親にふるまってくれる。そういうつつましいやりとりの連続がある。こういうことがスローライフの真髄なんじゃないかと思うんですね。
“歩いて行く”という生き方の選択は、自分にとっての癒しだったり、「なごみ」だったりするし、家族とのコミュニケーションも確実に深まるから、家の文化や伝統も生きたものとして伝わっていくことにつながるんじやないかな。
 特別なことをやっている意識はありませんが、効率とかスピードを追い求めすぎて、その当たり前の連続性を消滅させてしまったのが、これまでの日本という気がします。
自然とともにある生身の自分を実感
――登山はまさに自然の中に体ひとつで入っていく行為ですよね。いまの時代、人々の自然志向はいっそう強まっているし、余暇を利用して山に向かう人はもっと増えていきそうです。“らんぼうウォーク”からアドバイスを。
は野の花が好きで、山は花から入っていったともいえます。自分の好きなものと山を関連づけて、もっともっと多くの人に自然に親しんでもらいたい。
  短歌や俳句が好きなら山の風景を詠むとか、スケッチでもいいし、カメラでもいい。自分の趣味と山を結びつけて複合的に向かい合うのがいい。そこで自然を体感しないと、その素晴らしさ、偉大さは実感として持てないですよ。その実感がないのに「自然を大切にしましょう」といわれたって、ただのスローガンになってしまう。
く山小屋のスタッフが、町を「下界」なんて言い方をしますが、まさに山は非日常の世界。俗世間を引きずらず、日常から遊離して、神々しさ、厳しさ、優しさ、ピュアな空気、鳥のさえずりを肌で感じてほしいですね。
れは、ある山の頂上での経験ですけど、五十年も山に登り続けているという老人と出会って、二人で昇ってくる朝日を見ていたことがあるんです。そのときの老人いわく「下界では、人の心も、川の流れも、町も村も、みんな変わってしまった。
  だけど、たったひとつ、ここで見る朝日は五十年前と変わらない」――頂上にはお地蔵さんが祀ってあってね、そのとき僕はその老人も本当にお地蔵さんに見えたんです。ぶだんの暮らしは移り変わりが当たり前かもしれないけれど、山では変化しないものが見える。老人が教えてくれた永遠性にシビれました。そういう神々しさに導かれているのかもしれません。
いっても、山へ行けば一方ではビールはうまいしねえ(笑い)。よく眠れるし、食欲も旺盛になる。だけど新陳代謝が良くなるから太らない。脳も活性化するし、山はいいことづくしですよ。
――いまは一方で「百名山ブーム」ですが、ピークハントだけが山じゃないということですね。
は、とにかく自然に浸るのが好きなんです。先週行った秩父の山は、千メートルくらいの低山で、山項直下まで車で行けるのですが、われわれは駅からバスに乗って登山口まで行き二時間半かけて歩いて頂上に着いた。そして下山し、またバスに乗って帰ってくる。
ういう行程だと、バスから登山口までの里山の集落で、柿の実がたわわに実って石垣には菊がしだれ咲いているのを見たりする。犬がときどき鳴くくらいで、しんと静まりかえっている。柿の木も菊も石垣も、人が植えたりつくったりしたものだけど、もはや景色として自然の一部になっている。
  そこを歩いていること自体、自然の中に組み込まれている共生感があるわけです。あるいは何か人間としての原風景に触れるような懐かしさがよみがえってくる。観光バスに乗ってポイントからポイントに移動するツアー旅行では決して得られないものがあるんですね。
名山ブームで、「あと何座で百だ」とピークハントばかりに熱心になる人がいますが、それはそれでひとつの山との付き合い方だとは思いますが、いかにも日本人的、サラリーマン的な呪縛から逃れられていない気がします。ノルマ達成型社会のしがらみをそのまま山に持ち込んでいる。
  山や自然があるのでなく、まず数字がある。だから途中の道も覚えていない、どんな花が咲いていたかも覚えていない。そんな駆け足登山では、自分が自然とともにある生身の人間だという自覚や喜び、畏れは感じないでしょう。僕が感じるものとは対極にある悲しき登山ですよ。
人生の開花期に向けて余暇の活用を
――すべての効率化・スピード化を良しとする価値観を引きずったままの人たちがいるんですね。
まだに「バブルよ、もう一度」とか「右肩上がりよ、もう一度」と願う人も少なくないみたいですけど、バブルなんて仮想現実みたいなものだったんですよ。右肩上がりの経済成長なんて、これからあり得るわけないじやないですか。
  日本人は景気とか経済成長ばかりに腐心しすぎてきた。もうそろそろヨーロッパのような地に足の着いたシックな生き方をめざして実現していかないとダメなんじやないかと思いますね。
ろんなものがスピードアップし、それこそが進歩という見方がある。新幹線も、コンピューターのアクセスも、速度アップが至上命題になって、進歩とは速さのこと、スピードアップのことだと思い込んできた。とにかく速く速くとせきたてられるように生きてきたのです。
かしバブルがはじけて、やっと歩く心地良さに気づき、「俺はゆっくり行くよ」という人たちが登場してきた。僕は“歩く速度への回帰”といっているのですが。そのスピードなら、おじいちゃんおばあちゃんと話しながら行けるし、子どもと手をつなぎながら行ける。これが人間のリズムの基本なんです。
――“歩く速度への回帰”で、人も社会も一種病的な現状から回復するといいですね。
自身も、あと数年で六十歳になりますが、もしかしたら六十からが人生の開花の時期になるのではないかという気がしてるんですよ。だから打ち上げ花火としてモンブランに登る予定です。
れからの時代、定年後の人や高齢者と呼ばれる人には、少しだけどお金もあるし、子どもたちは巣立って時間にも余裕がある。そして何より人生のノウハウが蓄積されている。そんな人が多くなりますよね。
  だから、あとは体力と情熱があれば、それらを統合させて知的欲望を衰えさせなければ、輝きは失せない。そのためにも仕事以外の時間はその開花の準備にあててほしいですね。
 それにはまず、自然と触れ合う時間を多く持つことがいい。感性や体力の面でかならず人生を豊かにするメリットがあるはずですから。
(構成・石井靖彦)
インタビュー記事
(「望星」2003年1月号より)
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