らんぼうの連載記事
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子高校の先生もみな男だった。今考えると坊さんの学校みたいだった(笑)。ある英語の先生は、毎日ペーパーテストをやり、出来が悪い生徒には、黒板消しでゴツンとやった。イガグリ頭が叩かれると、チョークの粉が舞った。この先生のアダ名はアチャコ。数学の先生はダッコちゃん、物理の先生は二等兵とみなアダ名が付いていた。
 二等兵の特技は今だに語りぐさだ。彼はなんと授業中オナラが出そうになると、ピタッと話すのをやめ、「おいみんな出るぞ出るぞ!」と叫んで、教壇の上でオナラをするのである。それがただのオナラではない。ドレミファをちゃんと音程通りふくのである。「うーん、今日は調子が悪い、ミまでしか出なかった」などと言うのだからおかしい。
 後日、先生が校長を最後に退職された折り、この話をしたら「ある時はちゃんとドレミファを最後まで吹けた」と自慢していらした。食事まで気を配ってなしとげたということだから頭が下がる。
 化学の先生は余談の名手で、戦争中に本気で風船爆弾を作って飛ばした話など、授業終了のベルがうらめしかった。
 三年の時、新任の国語の先生が来た。僕らとあまり年の変わらない先生なので、私語したり受験勉強をしたりしていた。その先生が黒板をバン!と叩いて怒ったことがある。
「君達、僕がこれほど真剣に話しているのに聞けないのか!?」
 僕らは先生が怒るのを初めて見て、いったい何の話をしていたんだろうと、一瞬襟を正した。黒板にはアルチュール・ランボーと書かれていた。僕はノートの片隅にこのフランスの大詩人の名をしたためた。
 二十五歳のとき、作詞作曲家として世に出るに当たり、僕はペンネームにこの“ランボー”をとり、みなみらんぼうとし、彼の代表作の『酔いどれ船』から『酔いどれ女の流れ唄』を作った。まさにランボー様さまであった。

つづく

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日本経済新聞に連載されたものです
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