大学二年の冬、渋谷の東横デパートでアルバイトをした。オモチャ売場に配属され、主にオルゴールを売った。買ってくれそうな客が来ると、ネジを巻いて音楽を流した。たいていは無視された。
日給八百円。それを十日分まとめて支払われた。初めての給料が出た夕方、さすがに満ち足りて渋谷をブラブラした。街はクリスマスムードにあふれていた。
坂道の途中で若い女性に声をかけられた。子猫に似たしなやかな身体で、店に来ないかと誘う。指差した店の名前が『モナリザ』。女性の魅力に負けたのか、モナリザの名前に安心したのか、あるいは胸ポケットの八千円に気が大きくなったのか分からない。僕は寒そうに震える女性を押すようにして店に入った。
店内には客はいなく、僕が座ると店の女性五人が全員僕のテーブルを囲んで座った。ビールを注文すると、女性達は「私もいただいていい?」などと言い、勝手にオードブルまで出て来た。
僕と同じ年頃の猫顔の女性は、またコートを羽織って外へ出て行ったので、僕は年増相手に三十分程、ボブ・ディランやビートルズの話をした。全然盛り上がらなかった。その間客は来ず、猫顔は外で震えていた。
「そろそろ帰る」と潮時を告げると、モナリザとは似ても似つかないママが、八千円と書いた請求書を出した。僕は給料袋だけをポケットに戻し、中味を数えもせずカウンターに置いた。悶着覚悟のママは、ニッと笑って「お客さんよく見るとハンサムね」と言った。
外に出て坂を下りかけると、猫顔の女性が僕の腕を取って誘おうとし、顔が合って気付き「あら、もうお帰り」と慌てた。
僕は映画の高倉健みたいに「風邪を引くぞ」と言ってやった。ハンサムねと言われたのが頭にあった。下宿に帰ったら同郷の若奥さんが「南さん誕生日おめでとう」とケーキをくれた。とんだ二十歳の誕生日であった。
つづく