壊れた古いアンプがある。二十五年近く前に東京・吉祥寺のジャズ喫茶店主のN氏に譲り受けたものだ。高級海外製アンプで、いつもオーディオ店で眺めるだけのものだった。
それが二十万円。格安だったが、僕は清水から飛び降りる気分を味わいながら買った。
買ってしばらくして調子が悪くなった。オーバーホールに出したら店主が「らんぼうさん、すごいヘビースモーカーなんだね。中がたばこのヤニでベトベトだよ」と笑った。
僕はたばこを吸わないので、何のことかと思ったが、そういえば僕のところに来るまでは、ジャズ喫茶で営業していたアンプだった。それから二十年近くトラブルもなく現役を続けた。長女が生まれたばかりのころ、ボリュームを最大限に回したので、スイッチを入れた途端に爆弾が落ちたみたいな音がしたこともあった。それでも壊れなかった。二年前にN氏が突然、脳腫瘍(しゅよう)で他界した。店の経営は順調で、アルトサックスを吹き、ジョギングをこなし、最近は山登りを始めたということだったから、そのうち一緒にと話していた矢先の死だった。
彼が亡くなってある夜、古いアンプを引っ張り出して灯を入れた。スタン・ゲッツをかけると、風邪を引いて元気のないような音が出た。しばらく使っていないと、音に潤いがなくなるのだ。しかし、ブルーのイルミネーションを眺めているだけで、思い出が走馬灯のように巡った。このアンプは青春を鳴らすことができる、数少ないアンプだ。
二度目にスイッチを入れたら、ブスッ!という音とともに灯が消えた。どうやら寿命を迎えた。N氏の元に帰ったのだろうか。しかし、捨てきれず、元の棚に戻した。
先日、N氏の奥様から、三周忌の知らせとともに、一枚のCDが送られてきた。若きN氏のジャズ演奏と地元FM出演時のインタビューが収められていた。僕はふとひらめいてオーディオ店に電話した。あの古いアンプは修理できるか?と聞くと「大丈夫直りますよ、任せてください」との返事だった。
つづく
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