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| ‘03年〜'05年まで日経新聞夕刊に大好評連載された“みなみらんぼうのスローライフ”が帰ってきました。セレクト版でお届けします。ある人はなつかしく、又ある人は新鮮な共感を持ってらんぼうワールドをお楽しみください。 |
| ある日山の講演をした。 その中で僕は「山は逃げませんから慌てず登りましょう。荒天の場合は無理せず、また来年登れば良い」というふうなことを話した。 講演後の懇親会で一人の御婦人が僕に話した。「私は若いころ山で主人と知り合ったんです。山でプロポーズされて結婚しました。ところが結婚してからは夫の仕事が忙しくなるし、私は私で三人の子供の育児に追われて、山どころではなくなっちゃいました。でもそのころはまだらんぼうさんと一緒で、山は逃げない、そのうち登れると思っていたんです。」 「でもね、らんぼうさん。いくら忙しくてもやりたいと思うことは、その時にやらなくちゃ駄目だわ。私は三人の子供も次々に独立していって、そろそろ登山ウェアでも買おうかしらと思っていた矢先に、夫が倒れたの」 そう言って彼女は口元をふるわせた。その介護に15年かかって、昨年夫は私を置いてきぼりにしちゃったのよ。見て私の白髪、まるで女浦島太郎みたいでしょう。山は逃げないけど、年齢が逃げていっちゃうのよ」 笑う目から、涙があふれた。彼女は慌ててテーブルに走り、ビール瓶をわしづかみにして戻ると「ごめんなさい湿っぽい話になって」と言いながら、僕のコップにビールをなみなみ注いで床にこぼし、また謝った。 僕はお世辞でも何でもなく「お若いですよ。まだ山へ登れますよ」と言うと、「そりゃあそうよ、子供三人育てあげ、夫一人をあの世にしっかり送り届けたんですからね」と開き直る。 ようやく華やぎと、本来の気丈な性格が戻ってきたようだ。「それで本当に遅ればせながら、やっと自分の時間ができて、今日お話を聞きに来たの。週末は高尾山につれていってもらうのよ」 数人の中高年男性がペコリと頭を下げた。どうやら女性の新しいハイキング仲間らしい。 私にできるかしらと何度も繰り返しながら「夢は独身時代に登った白馬岳にもう一度立つことよ」と、語る姿は少女のようだった。大丈夫、山は逃げず待ってますよ。頑張れ!
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