山荘を持ちたいと願う人の多くは、ペットを飼いたいと思っているようだ。ペットは何かと言うと、だいたいが犬である。こんなわけで僕の山荘周辺でも犬を連れて散歩している人が多い。犬連れだと子連れと同じで相手に警戒感を与えない。見知らぬ人と出くわしても“近所の人だな”と思い、犬の名前を尋ねて親しくなったりする。犬は親善大使でもある。
14年前僕のログハウスを建てた、ビルダーの大山秀二さんは、いつも忠治という犬と一緒だった。シェパードとの混血種だったので、大柄だが優しい性格の犬だった。大山さんが独身なので常に工事現場を一緒に渡り歩いた。
若いころの忠治は颯爽(さっそう)としていて、大山さんがバンの扉を開けるのももどかしく、現場に飛び降りて見回った。誰が施主だか分かるらしく、その前に行くといんぎんに挨拶(あいさつ)するそぶりを見せたものだ。車に乗るのに慣れているせいで、車を怖がらず逆にそのせいで、二度交通事故に遇っている。大山さんは、「バカなんだか人がいいんだか、人間を信用し過ぎるんですよ」とボヤいていた。
野良猫には飛びかかって行くのに、我が家のモモがベランダにいても忠治は「おや、お嬢さん。お元気そうで」などという調子である。
先日山荘の前に大山さんのバンが止まった。いつものように忠治の声がしないので聞くと、老衰で亡くなったという。大山さんは一遍の鎮魂歌を見せてくれた。読めば目頭が熱くなりそうな、忠治への感謝と愛がつづられていた。忠治は大山さんの立派な伴侶だった。
今年も暮れが近くなったと思ったら、動物救済活動に尽力しているマルコ・ブルーノさんから「喪中につき年末年始のご挨拶遠慮申し上げます」のハガキが来た。犬のドンが18歳で亡くなったということだ。「紀州犬のドンは荒川河川敷で捨てられた後、私を主人に選び心をささえてくれた」とある。一種のシャレだろうが、そうとばかり言えない人間と犬の深い交流と絆(きずな)が感じられる。
つづく
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