東京杉並区八丁にある小貫(おぬき)聡明さん宅を、いつからか“八丁庵(あん)”と呼ぶようになった。ここに職業年齢バラバラな男女が集まって、花見会とか月見会などをやっている。
元々は、“温泉友の会”というのがあり、中江洋之会長のもとに、このコラムのイラストを描いている三浦康博君なども会員として、温泉巡りをしていた。6年前に小貫さんの母親が亡くなって、八丁庵は彼らのたまり場になった。
温泉友の会の温泉巡りには、僕も一度参加したことがある。一見スローライフ的でのどかな感じがするが、一日に四つも五つも温泉をはしごするので、慌ただしくて全く落ち着かない。僕は二湯入って「外で待っているよ」とやめてしまった。中江会長も「九百湯は入ったかな。でも最近バカバカしくなった」と意気が上がらなくなり、仲間と集まって飲むだけで満足するようになった。
その日集まった男女の職業は植木屋、テキスタイル、文具会社営業、レコード会社社員、元銀行員、イラストレーター、元出版社社員、作曲家そして僕といったあんばい。“月見会”という名目で集まったのだが、この台風接近で雨である。それでも委細構わず、宴会は筋書きのないドラマのように進行して行く。
この夜はまず鹿島アントラーズ対ガンバ大阪の試合をテレビ観戦しながら飲む。僕はアントラーズファンで試合に集中したいのだが、中江会長は車の買い替えを決定したとかで、そばで車の話ばかりする。阪神ファンの彼はサッカーなど目に入らないのだ。試合はもつれてとうとう勝てる試合を引き分けてしまった。
次に高田渡のDVDを見る。小貫さんがケーブルテレビで放映されたものを、録画していたのだ。高田渡はひょうひょうとしていながらも、強烈な個性を放つので、改めて偉大さを痛感した。なかなか得がたいフォークシンガーだった。
焼酎の瓶がころがり始めると、僕をはじめ多くは帰宅するが、中江会長らは泊まり込みだ。小貫さんには迷惑のかけ通しだが、八丁庵の集いではいつも心が癒される思いがする。
つづく
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