これまで何度帰省しただろうと思った。学生のころは鈍行列車だった。7時間半かかって仙台に着き、そこからバスに乗り換えて、1時間40分で、ようやく田舎の街に着いた。
特急列車になり、やがて新幹線に変わり、今では東京駅から2時間半もあれば、玄関先に立つことができる。
このようにアクセスは早くなったが、田舎に帰るときは、いつも心が優しくなった。嫌なことがあったり、気が晴れない事があっても、古里へ向かう列車の中では、なぜか癒されるように感じた。固い心が揉(も)みほぐされていく。
古里というのは一種のクスリである。そこの空気を吸うだけで、人は元気をとり戻す。盆や正月に、“墓参り”などといって、渋滞覚悟で帰省するのも、本当のところそうしたクスリに飢えているだけなのだ。
昔大学や就職などのときに、慌てて荷造りをし、必要最小の荷物とともに都会に出た。そのバッグに入り切らない物たちが、田舎に置き去りにされた。子供のころに得意だったベーゴマとか、ターザン小屋とか、秘密の釣り場とか、おばあちゃんとよく散歩した小道とか、鎮守の森とか、みんなバッグに入らなかった。そうしたものが都会に出て結婚し、子供ができ、会話ができる年ごろになると、突然よみがえってくる。
「そうだ、お父さんがよく閉じ込められた蔵を探検に行こう」などといって、家族で帰省してくるのだ。墓参りはそのついでに過ぎない。
我が家の場合、小学校低学年だった娘たちは、かつて僕が閉じ込められた蔵で、アオダイショウの抜け殻を首に巻き、僕の通信簿を発見したといっては、鬼の首をとったような騒ぎだった。父母の笑い声が響いた。
今年の春僕らを育ててくれた、義理の母が亡くなり、僕の生家は空き家になった。先日のお盆に帰省したが、どうもこれまでとは違う。玄関の前に立ち「ただいま」の声がひび割れた。ベーゴマやターザン小屋が崩れていくのが見えた。
小さな家族の小さな歴史が終ったのである。窓を開けるとうなるような蝉(せみ)時雨だった。
つづく
|