今は道路といえば、たいていアスファルトの舗装道路である。車社会になってわずか4、50年なのに、もうとっくの昔から舗装道路だったかのように思い、時々ジャリ道を歩いたりすると、こんなに歩きにくく不便だったのかと、今さらながら時代の移ろいを思う。 しかし、山歩きを始めると、この考えが逆転する。ドロ道や岩がゴロゴロの道で、充分難渋して来て、林道などの舗装道路に出ると、やれやれと思い安堵感を抱くのだが、それが1時間2時間と続くと、今度は我慢できなくなる。安全で安心な道なのに、歩くのにあきてくるのである。この辺は人間のわがままなのだろうが。 昨日、奈良県の熊野古道を歩いて来た。熊野古道の中でも1番の難所とされる、十津川村の果無峠に向かう道である。石畳に苔むした、まさに古道の名にふさわしい、信仰の道で、厳しく辛い道程であった。 しかし、道端の石仏やお地蔵さんに手を合わせたり、展望のいい所で汗を拭いたりして歩いていると、確かに足は疲れるが逆に心の疲れの方はとれて行くように感じたものだ。1つ坂を登るごとに、微妙に景色が変わり、思いがけないお堂があったり、民家があったりする。こういう道は、やっぱり足元に気をくばりながら、1歩1歩行くのがいい。舗装道路を車で行くのであれば、こうした景色の彩が見えなくなってしまうのである。 こんなわけで、歩く愉しみはむしろ不便な道の方が上である。また、古い道や山道、歴史にふれる道や清流のそばの道、また欲を言えばおいしいソバ屋さんに出会えそうな道がいいし、疲れた頃に温泉にたどり着けるようなコースなら万全と言える。欲張りか(笑)。 熊野古道の十津川村の温泉もなかなか良かった。何でも奈良県で1番古くからの温泉だそうで、湯は肌につるつるすべすべ。登って来た山を眺めながら、露天風呂に入ったりする贅沢を味わえるのは、日本だけじゃないだろうか?と思う。僕はいつも歩いたあと温泉に入り「有難う 有難う」と言いながら脚をもむのが習慣になっている。 |

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明治生命保険代理社が発行しているPR紙「黎明」に連載された山歩きエッセイです。 |
| (C)Illustration: Takeshi Hinoura |
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