口腔状況と腰痛等の関連に関する研究

(平成10年度 産業保健調査研究抄録)

主任研究者

広島産業保健推進センター所長

田邉 玄三

共同研究者

広島大学医学部長

吉永 文隆

広島大学歯学部長

岩本 義史

広島産業保健推進センター相談員

奥田 久徳

広島産業保健推進センター相談員

坪田 信孝

広島産業保健推進センター相談員

鎗田 圭一郎

広島県歯科医師会

石井 みどり

 

1.はじめに

歯とロの健康は,食生活を楽しみ,さわやかな口もとで豊かな人生を送るために重要である。

しかし,生涯を通じた歯の健康づくりの中で,学校保健と老人保健の狭間にある事業所従業員の歯科保健対策は十分と は言いがたく,成人の歯は50歳を過ぎた頃から急激に喪失することから,産業歯科保健の推進が必要である。平成8年度我々は,県内の従業員数50人以上の全事業所を対蒙としてアンケート調査を実施し,歯科保健活動の実施率が非常に低いことを報告するとともに,事業所に対して歯科保健の重要性を啓発する必要を示

唆した。さらに平成9年度には,歯科保健活動の効果として,従業員の口腔状況が良好に維持され,快適な職場づくりにつながる可能性を示唆した。

 一方,腰痛の発生件数は業務上疾病の約6割を占めており,その対策が急務となっている。業務上の腰痛の発生は作業態様に起因することが多いが,近年,咬合状態等が頸肩腕の痛みなどに影響を示すことが報告されており,腰痛に対してもその関与が予想される。

 本研究は,事業所が歯科保健活動を実施するメリットの一つを明らかにするため,従業員の口腔状況が腰痛及び肩凝りに及ぼす影響を把握し,口腔の健康が単に局所的な影響だけでなく従業員の作業そのものにも関与する可能性を検索することにより,事業所の歯科保健に関する認識向上及び活動支援の資料として活用することを目的とする。

 

 2 対象及び方法

 1)予備調査

 広島県歯科医師会が平成5年度に歯科健診を実施した全事業所65か所の受診者全員2,565人及び平成6年度に歯科健診を実施した全事業所91か所の受診者全員3,017人を対象とし,歯周疾患(CPITN)、未処置う蝕及び上下顎歯列の対合接触関係(Eichnerの欠損歯列の補綴学的分類)の状況と腰痛または肩凝りの有無との関連について分析した。

 2)本調査

 県内のA社事業所(製造業)の全従業員465人のうち協力が得られた416人を対象とし、口腔状況を調査するとともに、肩凝りや腰痛の自覚症状の有無,作業方法,作業姿勢,作業環境,作業時間等に関する質問紙調査を行った。すべての調査項目に不明等の不備のない367人を分析対象として、歯周疾患、未処置う蝕及び上下顎歯列の対合接触関係の状況並びに質問紙調査の回答と腰痛または肩凝りの有無との関連について林式数量化理論第2類により分析した。

 

3 結果及び考察

 1)予備調査

 図1に示すように、腰痛がある人の割合は、平成5年度及び6年度ともにCPINコードが大きい人、即ち歯周疾患が進展している人ほど多くなる傾向にあった。

 また、図2に示すとおり、平成5年度及び6年度ともにEichnerの分類のグループA1、A2またはA3、BまたはCと、上下顎歯列の対合接触関係が不良である人ほど腰痛がある人の割合が多くなる傾向にあった。

 腰痛と未処置う蝕の問、肩凝りと未処置う蝕、歯周疾患、上下顎歯列の対合接触関係との問には明確な関連が認められなかった。

 予備調査の結果から、腰痛と口腔状況との関連を結論することはできないが、歯周疾患や歯の欠損により咬合不安定となることが、腰痛の誘因または増悪要因となっていることも予想される。しかし、この予備調査では対象者の年齢、性別及び就業状況等の影響を考慮していない。そこで、次の本調査を行った。

 2)本調査

 質問紙の7項目、歯周疾患、未処置う蝕、上下顎歯列の対合接触関係、性別及び年齢の合計12変数を説明変数とし、腰痛または肩凝りの有無を目的変数として、林式数量化理論第2類を行った結果を表1に示す。

12項目の説明変数のうち6項目が腰痛の有無に有意な影響を与えており、「作業の種類」「年齢」「継続作業時間」「顎関節の状況」「作業環境」「歯周疾患」の順で偏相関係数が高い値であった。口腔状況のうち、歯周疾患と腰痛の問に有意な関連が認められ、CPITNコードが0である人では腰痛が少なく、コード3または4の人では腰痛が多いことが示された。

また、質問紙の項目で、開口時に顎関節に痛みや音がある人に腰痛が多いことが示された。

 肩凝りの有無については、12項目の説明変数のうち5項目が有意な影響を与えており、「顎関節の状況」「作業の種類」「咀嚼習慣」「年齢」「作業姿勢」の順で偏相関係数が高い値であった。口腔状況に関する説明変数はいずれも肩凝りに対する有意な影響を認めなかったが、質問紙の項目で、開口時に顎関節に痛みがある人に肩凝りが多いことが示唆された。また、左右いずれかの歯だけでかんでいる人や左右ともによく噛めないと回答した人に肩凝りが多いことが示された。

 これらの結果から、歯周疾患、顎関節や咬合咀嚼等の口腔状況は、作業従事状況と同様に腰痛や肩凝りとの関連があり、従業員の身体状況、作業の快適性や効率にも影響を与える可能性が考えられた。

 

 

 

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